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第29話

* 誰かが優しく自分の名前を呼んでいる懐かしい声が聞こえてくる____。 だが、ルベリアはその声が現実ではあり得ないものだと分かっていた。 これは【夢】だというのを理解することは出来た。そして自分を呼ぶ、とても甘美で懐かしい声が聞こえてくる方へと行ってはダメだと何となくは頭で分かってはいても、どうしても抗えきれずにフラフラとした足取りでそちらへと歩いて行ってしまう。 陽光がさんさんと降り注ぐ辺り一面の光景は、緑の木々や草で生い茂った森だというのは分かったものの、その反面で――まるで陽炎のように揺らぐ景色に不気味さも感じてしまっていた。 やがて、幼い頃によく遊んでいた【王宮周辺の森】だと明確に分かる場所まで来て、ルベリアは足を止めてしまう。 『ルベリア……ほら、お前も――ここまで来なよ!!ルリアナは怖がりでダメなんだ』 自分が幼い頃の、まだ活発だったセレドナが【王宮周辺の森にあるジヴェルの大樹】で木登りをしている姿____。 そして、その真下には今よりも臆病でガタガタと身を震わせながら兄のセレドナをおそるおそる見守っているルリアナの姿____。 もう、永遠に見ることの出来ない甘美なる光景がルベリアの眼前に広がっていて、ルベリアは【夢】の中で涙をこぼしながら大樹へと一歩、一歩近づいていく。 その時だった____。 大樹の幹を登りかけている、ルベリアの右腕を力強い誰かの腕がグイッと掴んで引き止めたのだ。 さんさんと降り注ぐ逆光のせいか、その姿は真っ黒で誰かまでかは分からない。 そして、ルベリアは目を開き【悪夢の世界】から【現実世界】へと引き戻される。 * 「よう……ずいぶんと、うなされていたなぁ……まあ、オレをさんざんコケにしてくれたんだ――このくらいの仕打ちは、許されるよなぁ……無力なア・スティルの王子様?その格好、似合うぜ?ほら、よく見てみろよ___ええっと、ガガミ……で……だったっけかな?」 「い……っ____!?」 再び目を開けた時、ソナの声が耳元から聞こえてきて僅かばかり混乱してしまったものの、すぐに先程起こった惨劇のことを思い出したルベリアは直ぐ様、その場から離れようとした。 しかし、体の自由が効かない____。 それは、両腕と両足を縛られて自由を奪われ――尚且つ、ベッドらしき場所の上でうつ伏せ状態で捕らわれの身となっているせいだった。 そんなルベリアの恐怖や不安など、お構い無しだといわんばかりにソナに瓜二つなナニかはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ、それと同時にルベリアの髪を掴むと強引に絶望的な己の状態を見させた。 涙で濡れた顔、怯えと悲しみが入り混じった形相を強引に見せられルベリアはこんなにも屈辱を感じたことはなかった。 しかも、ルベリアは今まで着ていた筈の服を身につけておらず、裸なことに気付くと更に屈辱が増していく。 しかしながら、ふと屈辱にまみれたルベリアが、かろうじて動かせる目を下へと向けた時――自分の怯えた表情を無理やり見せられたことや、いつの間にか服を脱がせられて裸にさせられていたことよりも、もっともっと驚きを抱くような光景が真下に広がっていることに気付かされてしまい、そのような些細な屈辱など一気に吹き飛んでしまった。 「ど、どうして……兵士のみんなが……っ……こんなところに、しかも……こんなになって……どうして………どうして……っ……」 捕らわれの身となっているルベリアの潤んだ瞳に飛び込んできたのは、正に異様だとしかいえないようなおぞましい光景だ。 ア・スティル特有のえんじ色の軍服を身に付けた兵士の数十体もの白骨の屍____。 その上に、ルベリアは寝かせられているのだ。 いつも見慣れているア・スティルの紋章が彫り込まれた盾や剣、それに弓なと――とにかく兵士達がいつも身につけていた物が、床に散らばっているのを見てルベリアはようやくこの異常事態を呑み込んだ。 ア・スティルの兵士達が何者かによって、倒されて、尚且つ――どういうわけかは知らないが白骨遺体の山となり今、己が寝かされているベッドの上に積み重あげられている。 そして、ルベリアが見慣れていた兵士達の無残な姿から目を逸らそうと、込み上げてくる辺りに視線をさ迷わせた直後に此処がどこだかハッキリと分かった。 (こ、ここは……僕の部屋だ――あの全身鏡は幼い頃に……誕生日に贈られたものだから……間違いようがない……僕は、キャンベル伯爵から贈り物を受け取ってばかりだったのに……最後まで彼に何もしてあげられなかった……守りきることが……出来なかった……) 周りの枠にア・スティルの紋章とナンダの姿が彫られた特注のものであろう全身鏡に、くたびれた表情を浮かべて情けない己の姿が浮かぶのが月明かりに照らされて見えたのとほぼ同時に、ふとすぐ側から誰かの気配を感じた。 先程までは、ソナの姿を真似ているナニかの気配しか感じられなかったため、ルベリアは警戒心をあらわにしながらそちらへと目を向ける。 つい先程まで、雨が降り続けていたというのに、窓の外には何時の間にか大きな月が浮かんでいる。しかし、ルベリアはこのような異常事態に直面しているせいか、その月でさえも不気味に感じてしまった。 「だ……誰……っ……」 おそるおそる、ルベリアは窓際に立ち――月明かりをいっしんに浴びている、その気配に向かって問いかけた。 ソナの姿をしたナニかによってうつ伏せにされているルベリアからは誰かの背中しか見えないため男性が女性かすらハッキリとは分からない。 パチンッ____。 ルベリアの問いかけには答えず、尚且つ此方には振り向こうともせずに、性別不詳の謎の人物は指を鳴らす。 「な…………っ___どうして、聖鳥が――そ、そんな……そんなこと……っ……て……!?」 指を鳴らす音が響いたかと思った途端、ソナの姿をしたナニかが人型から、緑色と赤紫色の羽毛に覆われ禍々しいオーラを纏う【聖鳥】へと変身していく。 三国の王族しか所有することが出来ない筈の【聖鳥】が何故に此処にいるのかルベリアには理解できなかった。ノスティアードのルシュではない。 ましてや、【ウ・リガ】の王族にもこのような【聖鳥】を所有する者は存在していない。 「ジュマ……妖艶なる聖鳥____」 ふと、唖然とするルベリアの耳に――いつも身近にいて心地よいとさえ感じていた、とある人物の聞き慣れた呟き声が届くのだった。

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