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第30話

「ジルガ____!?」 ルベリアは己に背を向けつつ、月明かりに照らされて窓際に立ちながら話す人物の正体が幼い頃からずっと自分ら王族に仕えてきたジルガだということに気付いて顔面蒼白になってしまう。 ルベリアがそれほどまでに驚愕を感じ、ある種の恐れを抱いたのは、相変わらず窓際に立ったまま一度も此方に振り向きもせずに【ジュマ】という奇怪なる聖鳥に向かって話しかけたジルガは自分の知っている彼とは全く違う存在に感じてしまったせいだ。 美しい月明かりが窓硝子から降り注いでくるとはいえ、部屋を照らす光となるものはそれしかなく薄暗い。 そのため、ハッキリとは彼の姿が見えていないものの何となく今まで共に過ごしてきたジルガとは違うような気がしたのだ。 「ジルガ……これは____いったい、どういうことなの?どうして、兵士のみんなが、こんなおぞましい姿になって……本当なら存在しない筈のジュマとかいう聖鳥がここにいて……っ……それに、それに……セレドナやキャンベル伯爵が……命を奪われたの?ねえ、ジルガ……これは悪い夢なんだよね?」 ルベリアの頭の中は、もはやパニック状態となってしまっていた。 セレドナやキャンベル伯爵が自分の目の前で命を落とす場面を見ても、それを現実に起こったことだとは受け止めきれず、救いを求めるかのように無我夢中であろうことか今まで一度も此方へと目線すら向けようともしないジルガへと問いかける。 すると____、 「~♪♪♪~~♪♪♪♪~♪~」 ルベリアのすぐ側にある棚に置かれた置き時計から、ふいに心地よい音楽が鳴り響く。それは、幼い頃の誕生日の時に誰かから贈られたもので《天使》と《悪魔》の人形が特定の時間に出てくるのいうカラクリ時計でずっと気に入っていたものだ。 その音を聞いて、ルベリアは少しばかりホッとした。大事だと思っていた存在が、まだ完全に失われた訳ではないと思い直せたからだ。 「すべてを失ったア・スティルの王子《ルベリア》と、かたや姿を偽りア・スティルに身を捧げる振りをしていたボク。天使と悪魔……似て非なるもの。このカラクリ時計が運命を告げていても、気付けなかったんだね。その綺麗な青い瞳にボクの本来の姿をやきつけるといいさ……ア・スティルの無力な王子様____」 ここにきて、ようやく此方へと背を向きつつ窓際に立ったままだったジルガが行動に移した。 此方へと、ゆっくり歩いてくる____。 徐々にその距離が縮まっていくにつれ、ジルガの言動だけではなく、格好までもが共に過ごしてきた中で見慣れていたものとは全く違うことに気付いた僕は顔面蒼白になりながらも釘付けとなってしまう。 本当ならば、そんなものは見たくもなかった。 しかしながら、変わり果てたジルガの格好に釘付けとなってしまったのはジュマと名乗った怪しげなオーラを纏う【聖鳥】の翼が視線を逸らせて拒絶しようと抗う僕の顔を強引に向かせたせいで見ざるを得ない状況にさせられてしまったからだった。 未だに音楽を鳴り響くカラクリ時計の悪魔人形の如く、全身が浅黒い彼の肌____。 従者だった頃の質素な制服とは正反対の、女性が身につけるネグリジェのような形の薄いピンク色の衣装を身につける彼の姿____。 生地が薄いせいで、ぴったりと浅黒い肌にくっつき透け透けの生地のせいで胸元にある桃色の突起までもが動揺するルベリア目に否が応でも飛び込んできてしまう。 近くにいる時には、いつも甘い香りが鼻を刺激してきたというのに今日に限っては何の香りもしないという違和感____。 「まだ……気付かない?ア・スティルの無力な王子様は……自分の国の存続が危機にさらされているというのに……未だに夢心地なのかい?」 「い……っ____!?」 従者だった頃には全く感じられなかった、自信ありげに笑うジルガの言葉の意味を考えようとした途端に今度は部屋の中央らへんにある椅子の方へとジルガの手によって向けさせられてしまう。 そのせいで首が痛く、悲鳴をあげたのはもちろんだが、その異様たる光景を目にした途端にそれとは別に悲鳴をあげそうになってしまった。 「と、父様……っ…………」 その椅子には、ぐったりとしてまるで生気のなさそうな父親が両手をだらりと垂らしつつ腰掛けていたのだ。そこには、かつてア・スティルを統べて威厳のある王だった頃の見る影など微塵も感じられない。 光を失いつつある目は虚空をさ迷い続け、半開きになっている口からは何事かを呟いていたもののまるで要領を得ない。 「この日のために、ずっとずっと屈辱に耐えてきた。お前の父や母から、どんなに哀れみの目を向けられ優しい振りをされて存在を蔑まれても……いずれ、ア・スティルを支配する日がくると自分に言い聞かせ……ようやくこの日がきた。ようやくこれで、ウ・リガの奴らに……復讐できる――かつては家族だった忌々しい奴らに……」 「か、かつて家族だった……ウ・リガの奴ら……っ……?ア・スティルを支配する?復讐……いったい、何を言っているの?」 パニックを起こしながらも問いかける自分に対して、フッと口元を歪めつつ冷酷に微笑むジルガは最早昔の彼ではないと――ここにきて、ようやくルベリアは自覚したのだ。 あの甘い香りは、おそらく本当ならば【ウ・リガの王族の一人】であるジルガが姿を偽るために白い染料を塗りたくったために感じたものであり、ずっと彼はルベリア達を騙していたのだと。 けれど、甘い香りのことなど最早どうでもいいと思った。 問題は、自分達を騙してきたジルガがこれから何をしようとしていて、どんな危害を加えさせようとしているのかという点でそれを考えて行く内に、ふと重要な問題点があることに気付いたルベリアは目線だけで部屋の内部の様子を観察した。 しかし、この部屋の内には新たなる問題点の対象である彼女の気配は感じられない。 セレドナやキャンベル伯爵のような最悪な末路を否が応でも思い浮かべてしまう。 それは彼女が彼らよりも、か弱く儚い存在だからというわけではなく、今の別人のように変わり果ててしまったジルガはきっと容赦なく彼女に対してもセレドナやキャンベル伯爵のように理不尽に彼女の命を奪ってしまいかねないと思ったせいだ。 (きっと……今のこのジルガなら……今の彼ならば……何でもするだろう――詳しい理由は分からなくても彼の目的はア・スティルの支配……それなら、母上の身も危ない……っ____) 本来ならば打ち消したいけれど何度もその最悪な考えが頭をよぎってしまったルベリアはハッキリさせるためにも覚悟を決めて、以前とは真逆となり変わり果ててしまったジルガを険しい目付きで見据えるのだった。

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