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第34話

「……ル、ルリアナ兄さん……これから、どこに行くの……?どこに、行こうとしているの!?もう、僕らが安心して過ごせる場所は……な____」 情けないことに、声が震えてしまう。 眼下に広がる景色は、まさに地獄といえる光景だからだ。 豪々と燃え盛る炎の緋色がルベリアの目に飛び込んできて、更には崩れてしまっている建物から生き物の如くうねりをあげ沸き上がる黒煙が真下には広がっているのだ。 何とかして逃げよするア・スティルの国民の姿までもが否が応でも飛び込んでくる。悲鳴をあげ、手に木製のバケツを持ちながら逃げ惑う民の姿を見るのは、もはやルベリアにとって拷問にも等しかった。 「いいか……ルベリア____あの民達の姿を目に焼き付けておけ。決して見逃すんじゃない……いつか、あの裏切り者のジルガにも同じ苦しみを与えてやるんだ」 「で、でも…………」 「そうやって、現実から目を背けて何になる!?それでは、理不尽に命を奪われたア・スティルの民や兵士、キャンベル伯爵――それにセレドナが報われない!!」 ルリアナのあまりの剣幕に、ルベリアは言葉を失い咄嗟にコクコクと頷いた。 胸の中に、わだかまりがあるものの兄であるルリアナも失ったものは多いのだと思い直して、そのことは自分の胸にしまったのだ。 「いいか、ア・スティルとイ・ピルマとの境界に近しい場所に安全地帯がある。そこで、王宮に残って時間稼ぎをしている俺の仲間を待つ。そして合流できたら、一度……イ・ピルマに行き王にこの緊急事態を話さなくては。だいいち、ノスティアードの具合も心配だ。イ・ピルマにさえたどり着けば王に引き渡せるからな……これ以上、こいつを危険なことに巻き込みたくはない」 「王宮に残してきた、ルリアナ兄さんの仲間?そ、それって……それって、誰なの…………も、もしかして……っ……」 と、ここにきてようやくルベリアはある事に気付いた。いつも側にいて、よき理解者でもある聖鳥ナンダがいない。 慌てて、背後を振り向いてみてもナンダの姿は見えず、星ひとつすらない真っ暗な夜空が広がるだけだ。 「ま……まさか、まさか……ナンダを王宮に……残したままなの!?ナンダは、ナンダは僕の側にいて見守ってくれるけど……ルリアナ兄さんのダレダみたいに戦闘訓練さえしたことすら、ないのに……」 「ルベリア、お前は……誤解している。ナンダは自らの意思で、お前を守り抜くために王宮に残ったんだ。それに、あそこには俺のダレダもいるし……隠密兵士なソナだっている……だから、心配するな」 ルリアナにそう言われても、なかなか不安は払拭しきれない。そもそも、ルベリアの記憶の中にあるソナはずっと王宮に仕えてきた給仕であり戦闘など出来そうなイメージではないのだ。 「ア・スティルの国民のみんなは…………どうなってしまったの?母上も……父上も……あんな状態になってしまったジルガに操られて自我を失ってるみたいだった……もしかしたら____」 「そうだ……お前の言うとおり、もう……ア・スティルの国民の大半は――いや、もしかしたら全ての国民が……ジルガに操られてしまってちる。今、ノスティアードがこんな状態となり意識を朦朧とさせてしまっているのも……裏切り者のジルガが仕掛けたある罠のせいだ」 「…………罠?」 「ああ、おそらく昼間に打ち上げられた、あの花火だ。あの花火を見ることによって、ジルガに従うよう誘導させられたと俺は考えている。しかも、即刻きくようなものではなく、じわじわと時間をかけてな。だからこそ、昼間のうちには異変に気付かずに結果的にこんな状態となってしまった……今のア・スティルは裏切り者のジルガにとって巣穴も同然だ。だからこそ、逃げて態勢を整えるしかない。屈辱的だがお前とノスティアード……それに他の者の命を守りぬくためにもだ」 決意の炎がみなぎっているであろうルリアナの真剣な二つの双眸を見つめると、今まで自分は兄の何を見てきたのだろうかと後悔に似た感情を抱き自己嫌悪に陥ってしまった。 (兄は……いや、ルリアナはこんなにも国思いで家族思いで……とても優しい人なのに……) 「ご……ごめんなさい……ごめんなさい……っ____」 「いきなり、何を謝っているんだ。いいから、お前は少し休んでおけ。安全な洞窟に着いたら知らせてやるから……」 久々に頭に乗せられた兄の大きな手の平のぬくもりを感じながら、ルベリアはこれからの不安を拭い去るためにも――そして弱き心を捨て去るためにも目を閉じて眠りの世界に誘われるのだった。 そんな一行の行く手を阻むかのように雷鳴を轟かせながら黒灰色の分厚い雲が空一面に段々と広がっていくのだが、既に眠りの世界に誘われかけていたルベリアには今の時点では知る由もないのだった。

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