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第36話
「ノ……ノスティアード様____僕のことを……ルリアナ兄さんのことまでも覚えていないのですか?」
「だ、だから……っ……あなた方は誰なのですか?それに、何故このような場所にいるのです……こんな場所などボクは知らない……っ____故郷のイ・ピルマに帰して……っ……」
まるで、子供に戻ってしまったかのように別人と化してしまった今のノスティアードは両膝を抱えてイヤイヤをするような動作で首を何度か左右に振りながら目には大粒の涙を浮かばせつつ困惑する此方へと訴えかけてくる。
『ルー君はお寝坊さんだね……』
いつだったか、太陽みたいに輝く満面の笑みを浮かべていた彼とは思えない程の変貌っぷりにルベリアは驚愕をあらわにして泣きそうになってしまっていたが、兄のルリアナはそんな弟の反応とは対照的で至極落ち着き払った態度でほとんど表情を変えずに狼狽するノスティアードに近付いていくとソッと彼の頭を撫でながら小刻みに震えている体を優しく抱き締める。
「落ち着け……ノスティアード。無理に思い出そうとしなくていい。ただ、これだけは分かってほしい。俺達はお前を不安がらせるような存在でもなければ……お前の敵でもない」
「……っ…………!?」
ルリアナの言葉を聞いて、狼狽しきっていて取り乱していたノスティアードだったが、とりあえずは僅かばかりの安心感を抱いたためか子供の癇癪のような態度は消えて、そのひきつった顔に笑みはなかったものの遠慮がちに頷いてくれた。
しかしながら、ルベリアは兄であるルリアナがずっとノスティアードを恋慕っていたのを知っているため複雑な気持ちだった。
ふと、真横に視線を移した時におそらく幼い頃に撮ったであろう満面の笑みを浮かべながら映るルリアナとノスティアードの写真の収められている写真立てを見つけたものだから尚更だ。
「とにかくはひとまず落ち着いたのは、間違いない。ノスティアード……お前はここから真っ直ぐ行った所にある泉に行って体を洗ってくるといい。お前が不安だというのなら、俺の聖鳥ダレダを共につけさせるが……どうする?」
「い、いえ…………ひとりで平気です____ボクは大丈夫ですから、その……気になさらないで下さい」
ぴしゃり、と他人行儀に言い放ってからノスティアードは今いる場所から真っ直ぐ行った所にあるという泉の方へと歩いて行く。
記憶が失われたという予期せぬ事態となり此方に対して冷たい態度をとるのも多少仕方がない部分もあるとはいえ、今までずっと友好的に接してきた自分達に対して突き放す冷たい反応を見せる別人のようになってしまったノスティアードの背中を見送りながらルベリアは一抹の不安を拭えきれないのだった。
*
「ルリアナ兄さん……あのような状態となってしまったノスティアード様をひとりにさせて良かったのですか?」
あれから、暫くしても記憶を失くしたノスティアードは帰っては来なかった。
幾ら此所が安全だとルリアナから言われていても何が起こるか分からないという何ともいえぬ不安を拭いきれないルベリアは彼が泉から戻ってくるまでは決して眠るまいと必死で襲いくる強烈な眠気と戦っていたのだが、それも少ししてからすぐに限界がきた。
「ルベリア、ノスティアードのことは心配せずにお前は寝ていろ……お前にまで何かあったら迷惑だからな」という兄のぶっきらぼうな言葉を聞いて、とりあえずは彼の言葉に甘えて洞窟内のひんやりとした地面に仰向けになった。
黒い夜空を彩る煌やかな星々が目に飛び込んでくる。こんなに美しく幻想的な星空は、王宮にいた時は見たこともなかった。
そのように幻想的な風景をぼんやりと眺めているとルベリアだったが、ふいに今まで目にしてきた【セレドナとキャンベル伯爵の死】【その他大勢のア・スティル兵らの死】【親友だとさえ思っていたジルガの裏切り】といった残酷な光景が全て幻だったかとさえ思えてきて再び嗚咽をもらしながら取り乱してしまいそうになったため慌てて少し離れた場所にいるルリアナの方へと目線を移す。
「…………」
此方に対して背中を向けているので、厳密には兄がどんな顔で何をしているかなんて分からない。
けれど、今まで避けていた兄の背中も小刻みに震えているのが分かったルベリアは、そこから視線が剥がせなくなってしまった。
そして、こう思い直すのだ。
(ルリアナも辛いんだ……弟である僕の手前、平気そうな素振りをしているけど……よくよく考えてみれば一途に慕っている想い人が自分の存在を忘れてしまって平気な訳がないじゃないか……)
「ル……____」
と、声をかけかけてルベリアは思い留まった。
「ノスティアード…………何でっ……どうして……俺を忘れてしまったんだ……っ……」
兄の声は、必死で動揺を隠していた先程とは別人のように哀切のこもったものでルベリアはどう反応していいか分からずに何も言わないまま、兄が弱気になる様を忘れ去ろうとして咄嗟に目を瞑るのだった。
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