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第37話
*
あれから、あっという間に一夜が明け、目を覚ましてから少し経った時のことだった。
暖かさと同時に妙な懐かしさを感じるナニかに包まれていることに気付いたルベリアは驚愕しつつも勢いよくガバッと起き上がる。
「……ュル、キュルル……キュ……」
少しの間とはいえ離ればなれになってしまっていた聖鳥のナンダの切なそうな鳴き声が聞こえてきて、まだ夢の中にいるのではないかという不安を払拭させるべく辺りをキョロキョロと忙しなく見渡す。
久しぶり(とはいっても一日だけだけれど)に見たナンダの姿を目で確認出来た直後、ルベリアは頭で何だかんだと思考するよりも先に咄嗟に体を動かして駆け出していた。
「ナンダ――無事で良かった。他のみんなとは一緒だったの?まさか、まだあの国にいる訳じゃ……ないよね?」
「キュ……キュル、ルゥ……」
その問いかけに答えるように、ナンダはある方向へと首を傾ける。
かつて、過ごしてきたア・スティルを【あの国】とまるで他人ごとのように言いきってしまい言葉を濁してしまったのは、やはり今まで弟のように思ってきたジルガが裏切り者だったことに対してそう簡単にはその事実を受け入れきれないせいだ。
ちょうどその時____、
「私達は先程からずっとここにおりますよ……ルベリア様。よくぞ、ご無事で……」
「ルベリアよ……生まれながら兵士として育てられるウ・リガ族は戦に慣れている。あのような卑劣な輩に我が負ける訳がなかろう……まあ、このソナとかいう軟弱者は知ったことではないが――」
洞窟内に存在する針山のごとき鍾乳洞からピチョ、ピチョンと滴る水音に混じり、風流なそれとは対照的な騒がしくよく響き渡る男達の声がルベリアの耳に届く。
それは、ルベリアだけでなくすぐ側にいて今さっきまで誰にも悟られぬようにひっそりと悲しみにくれていたルリアナや、名前や故郷のこと以外の記憶をほとんど失っていて今の状況もろくに飲み込めてすらいないという悲劇に見舞われたものの一度水浴びするために泉へ行っていたが既に戻ってきているノスティアードの耳にも届いた。
しかしながら、どことなくホッと安堵しているルリアナとは違ってやはりノスティアードはソナとキルーガの姿を目の当たりにしても良い反応は示さずに、せいぜい地面に横たわっていた身をゆっくりと起こしてからジッと用心深そうに見つめるばかりだ。
「ノスティアード様……っ……貴方もご無事で良かったです。我は貴方の身に何か良からぬことが起こったのではと、とても……」
ふいに、此方へと駆け寄ってきたキルーガの声が途中で止まってしまう。
ノスティアードが明らかにソナやキルーガに対しても警戒心を抱いていて、特にソナよりも己に対して不審感をあらわにしているというのを察したせいなのだろう。
幼い頃から洞察力が鋭いルリアナとは裏腹に、鈍いルベリアでさえ、そのことを何となく感じ取ったのと生まれながらの戦闘民屈強かつ数々の修羅場をくぐり抜けてきたであろうキルーガでさえ悲しげな表情を浮かべていることに気付いたためだ。
それにしても、幾ら記憶を失ってしまったからとはいえノスティアードの反応はかなりおかしい。
ガタガタと体が小刻みに震え、蛇のごとき鋭い目付きで『これ以上近寄るな』といわんばかりにキルーガをキッと睨み付けながら後退りする。
そして、悲しげな表情を保ったままのキルーガが再びノスティアードへ近寄ろうとした時だった。
『~♪♪♪~♪♪~~♪♪♪……』
ルベリアが聞き覚えのある懐かしい澄んだ音がどこか近くから鳴っていることに気付いた直後、困惑しきった主人であるノスティアードを守るように彼の聖鳥【ルシュ】が現れて、あろうことか白く美しい羽根をキルーガへ向かって振りかざす。
すると____、
振りかざした時に、ひらりと舞い落ちた数本の羽根が氷に覆われ武器となって、無防備に等しいキルーガへと勢いよく飛んで行く。
「ノ、ノスティアード様……いったい我に何を……っ____」
咄嗟に、後方へと飛びルシュの氷による攻撃を避けようとしたキルーガだったが、流石にこの事態は想定外だったらしく僅かに反応が遅れてしまった。
「ダレダ……来い……っ!!」
ルリアナの緊迫に満ちた声が洞窟内に響き渡ったかと思った直後だった。キルーガを庇ったせいでルリアナの聖鳥【ダレダ】の身に氷に覆われているルシュの羽根が深く突き刺さり滴る血で地面を汚していく。
それからすぐに、どさっ……という音と共に無傷ながらもグッタリとして呼吸が荒くなっているルリアナが地に倒れてしまうのだった。
血相を変えて、僕とソナ――それに【ダレダ】が苦痛に満ちた表情を浮かべるルリアナの方へと駆け寄っていく最中で、いきなり仲の良かった幼なじみともいえる存在に対して攻撃をするという凶行に及んだ張本人であるノスティアードもそれにつられるようにして、まるで真珠のごとき大粒の涙をポロポロと溢しながら顔面蒼白となりその場へと倒れてしまうのだった。
「よ……よくも、ルリアナ様を……っ____この裏切り者め……っ……」
と、怒りをあらわにして穏やかな今までとはまるで別人と化したソナの鋭く尖った槍の切っ先がノスティアードの真っ白な喉に突き付けられる直前に今までの経緯を無言でジッと見守っていたキルーガがある行動に出るのだった。
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