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第43話
「ソナ、それにルベリアも――こんな所にいたのか……これからどうするのか、お前達にも話しておかなければならないと思ってな。とりあえず、二人共……さっきいた場所まで戻ってこい」
ルリアナが、どことなく疲れきった顔をしつつルベリア達がいる場所まで来たのだ。
急に一行から離れてしまうというルベリア達の行動に対して呆れているのか、それともこれまでの旅路で疲れきっているのかは定かではないけれど、とにかく今までのルリアナと違って覇気がない。
そんな兄にこれ以上は心配をかける訳にはいかないと、ルベリアは踵を返して元いた場所へ戻るべく兄の後についていこうとした。
しかし____、
「これから……いったい、どうしようと言うんです?あなた様がお慕いしているノスティアード様は記憶喪失の果てに、あげく子供のようになり――キルーガとやらのウ・リガ人の提案を信じきった果てに虚無しかない。ルリアナ様、あなたは……いいえ、かつてのあなたは今のようじゃなかった。あなたは、変わってしまった……昔のあなたは、あのような汚れた血が流れる者を……心の底から信じたりは……っ____」
と、つい先ほどまではルベリアに向かって優しく笑みを浮かべてくれて尚且つ弱音を吐き出してくれたソナが別人のように豹変してしまったのを目の当たりにした直後のことだ。
パシッ____!!
どんなに怒りを抱こうとも、今まで生きた中で決して他人に対して感情をあらわにしなかったルリアナがソナの頬を叩く音が辺りに鳴り響いてルベリアは呆気にとられてしまった。
「ち、ちょ……っ……と____いくら僕らが勝手に離脱したからといって、流石に怒りすぎじゃないのですか?確かに、今のソナの言い方は酷いと思いますが……」
慌てふためきながら、何とかルベリアは兄の怒りを鎮めようと、おそるおそる声をかけた。しかし、ソナはギュッと唇を噛みしめつつ、すぐにその場から離れてしまったし、ルリアナに至っては今までに見たことがないくらいに恐ろしく鋭い目付きで此方を睨み付けてきたため早々に口を閉じた。
*
その後のこと。
スヤスヤと赤ん坊のように可愛いらしい顔で眠りについているノスティアードの顔を見ながら、ルベリアは早くも自分らに対して立ちはだかる壁にぶつかってしまい、既に不安に囚われてしまっていた。
もちろん、越えなければならない壁は幾つもある。
今、頭に思い浮かべている壁は幾つもある不安の中での根本になるだろうとルベリアは何となくそう思っている。
(この一行は、まだバラバラの状態だ____特にキルーガに対するソナの印象はかなり酷い……あんなんじゃこれから先、信頼関係なんて結べっこないよ……いったい、どうしたら____)
人間は、互いに信頼関係がなければ生きていけない――。
一国の王子であり世間知らず知らずな所があるルベリアに、そう教えてくれたのは父でもなく、母でもなく、家族でもなかった【キャンベル伯爵】だった。
確かに、かつての【キャンベル伯爵】から酷い仕打ちを受けたという思い出はあったが、それは想いを伝えるのに不器用な彼の演技であり内心では自分に対して《愛》を誓ってくれたと気が付いたのは、彼が裏切り者のジルガによって命を奪われた後のことだ。
そんな過ちは、二度と繰り返したくはない。
だからこそ、ルベリアは早めの内にギスギスしているキルーガとソナの関係を何とか良い方に持っていきたいと考えているのだ。
だが、人間の心は複雑だ。
それに、今まで周りに頼りきってきた一国の王子である自分がそんな難しいことが出来るのか――と眉間に皴を寄せつつ真剣に考えていたルベリアの手をまるで赤ん坊のように柔らかく優しく握ってくれたのは、先ほどまでスヤスヤ眠っていた筈のノスティアードだ。
無言でジッと己を見つめてくる両目は、かつて王宮にて親交があった時のように生気は感じられず、硝子玉のように空虚なものだ。
しかしながら、数々の不安を抱き心細さに
押しつぶされそうになっているルベリアにとっては、それでも有り難さと暖かさを感じずにはいられない。
「……レ……ドナ____ッ……」
かつて、世間知らずな自分を心の底から愛してくれていた存在をもう一人思い出し、キョトンとしているばかりのノスティアードの両手を思わず少し強めに握ってしまう。
「…………」
涙をぐっと堪えながら、申し訳なさそうに頭を上げるとノスティアードが無言のままとはいえ微かに頬笑んでいるように感じられたためルベリアもつられて笑みを浮かべたのだった。
その後、ルベリアとノスティアードは久しぶりに同じ布団で眠りについたのだった。
その二人の様子を、ルリアナは少し離れた場所から不安げかつそれでいてどこか安堵したようにジッと見守っていたのは、もちろんルベリアもノスティアードも知りようがなかったのだが____。
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