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第47話

* おそるおそる目を覚ますと、ルベリアの眼前に見知らぬ人物が屈み、更にはとても興味深そうに此方を覗き込んでいるのが見えた。 謎の人物の瞳は、かつてア・スティルの王宮で嫌という程目にしてきた《イルチェゴ》という宝石にそっくりな真っ赤な色をしていて、更にルベリア達一行のような(人種は抜きして)一般的な人間には似つかわしくない白い毛に覆われた腕をゆっくりと伸ばしてきたことに気付いたルベリアは咄嗟に身をよじって後方へと退いてしまう。 咄嗟に後退ってしまったのは、パッと見ただけでも目の前で無邪気そうな笑みを浮かべてくる謎の存在が以前にソナと話していた内容の中に出てきた《ダ・クエルフ族の生き残り》だと気付いてしまったせいだ。 《ダ・クエルフ族》は、かつて人間が【この地平和を保つ】ために造り上げられた《動物》と《人間》の混合種であり、その時は【三国の平和】のために貢献するだろうと大いに期待されていた。しかし、その目論見は失敗した。 けれども、一匹の《ダ・クエルフ族》が突然変異を起こし暴走し、人間達の【平和】を守るためだった存在は――逆に【混乱と破滅】をもたらして大虐殺を行ってしまった。 むろん、【平和】を保つために躍起になっていた人間がこの異状事態を見逃し許すはずもなく、最終的には【人間】が【ダ・クエルフ族】を殲滅するために大勢の兵をあげて彼らの拠点を襲った。 幼い頃のルベリアは、単なる【お話】だと思っていた。だからこそ、目を輝かせながら夢中で何度も耳を傾けていたのだ。 かつて、狂暴かつ得たいの知れない《ダ・クエルフ族》をやっつけるために人間達が兵をあげて争いをした偉大なお話をソナから聞いていたルベリアは途徹もない恐怖に襲われ、咄嗟に退いてしまった。しかし、それにも関わらず《ダ・クエルフ族の生き残り》はニコニコと幼子のような柔らかい笑みを浮かべながらルベリアに近づいてくる。 そして、とうとう《ダ・クエルフ族の生き残り》に抱き付かれて地に押し倒された時____、 「おい、キサマ……キサマは何者だ!?何故、忌々しいヒト族がここにいる!?」 すぐ側から、急に野太い声で怒鳴られてしまいルベリアはビクッと身を震わせてしまう。 けれど、そんなことなどお構い無しだといわんばかりに抱き付いてきた《ダ・クエルフ族》は、ルベリアの頬をその先端が二股に別れている細長い舌でまるでペットの子猫みたいにペロリと舐めあげる。 妙に人懐っこい《ダ・クエルフ族》とは別に、ルベリアよりも遥かに小柄で尚且つ明らかに此方に対して悪意や怪訝さを抱いていると分かる初老の男がいつの間にかすぐ側に立っていたのだ。その体躯は、ルベリアや《ダ・クエルフ族》よりも遥かに小さく膝くらいまでしかない。顔には皺が寄り、年寄りめいてはいるもののその目には鋭い眼光がある。また、左目には金色のモノクルをつけていて、ギョロギョロと凄まじい動きで此方の様子を捉えてくる赤黒い右目は明らかに【義眼】だということが分かる。 生粋の王族であり、世間知らずなルベリアが【義眼】を知っているのは、かつて王宮内にて働いていた、とある召し使いが戦にて目を失い【義眼】をしていたからだった。 更に、彼が特徴的なのは長く体躯を覆い尽くしてしまいそうな程の白銀色の髭だ。真上の小さな隙間から差し込んでくる日の光に照らされる度にキラキラと光り、あまりにも綺麗なその光景にルベリアは思わず息を呑んで見惚れてしまう。 「何をジロジロと見ている!?忌々しいヒト族の小僧めが。早く、儂の問いかけに答えろ。今すぐに貴様の命を奪うことも出来るのだぞ……貴様は何のために、本来ならば縁のない、この《チスカ》へ来た?ここは忌々しいヒト族には知覚できないように結界を張って____」 ふと、今まで恐ろしい形相をした初老の男が突如としてルベリアから目線を真っ白い毛並みに赤い瞳の《ダ・クエルフ族》の方へと移す。 すると、ニコニコと笑みを浮かべながらルベリアに抱き付いていた無邪気(に見える)《ダ・クエルフ族》は、その途端に『しまった』といわんばかりに細長い舌をペロリと出して悪戯っぽい表情を浮かべるのたった。

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