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第49話

ジルスターチと名乗ったドワーフ族の前で足を止めて、そのまま深々とお辞儀をするキルーガの顔にはルベリアを含む他の者達と違って怯えの色が見受けられない。 お辞儀した後に、まっすぐと前を見据えたのだけれども、その瞳には力強さが宿っているように見える。 ルベリアが見る限り、おそらく相当な頑固者であろうジルスターチですら、若干たじろぎながら無言でキルーガの動向を見守っている。 「俺の名はキルーガという。そして、貴殿らが忌み嫌うのも無理はないウ・リガ人だ。訳あって今はウ・リガには足を踏み入れてもいないが、何であれ俺がウ・リガ人であるのは変わりない。ここに来た目的は、ただひとつ……。ここにいる、ダ・クエルフ族の生き残りであるサミィと共に旅をさせてほしいのだ」 キルーガの言葉を聞くなり、ジルスターチは見る見るうちに顔を真っ赤にして怒りをあらわにして、彼を素早く睨み付ける。義眼のせいなのか、片目はさほど迫力はないものの――それでも明らかにキルーガに対して憎悪を抑えきれていないのは幼児退行したせいで今の状況をよく飲み込めていないノスティアード以外は理解できた。 しかし、それでもキルーガは怯むことなく肩から下げている焦げ茶色の鞄から、そこそこに分厚さのある本を取り出した。 表紙にはウ・リガの文字が何個かあるものの、正常だった頃の父と違って、ウ・リガ語に精通していないルベリアには何と書かれているのかが分からずに困惑しながら沈黙を守る。 というより、あまりにもジルスターチとキルーガとの間で互いに圧力を掛け合っているせいで気まずさから何も言い出すことができないのだ。 「イ・カタの予言____」 すると、傍らからポツリとルリアナが呟いた。けれども、意図的ではなく無意識のうちに声に出してしまったことに気付いた途端に 、いつもはこういう場では空気を読んで黙っていた彼にしては珍しく『しまった!!』と言いたげに慌てて本から目線を逸らして再び黙ってしまったのだ。 キルーガはルリアナが『イ・カタの予言』とやらを何故知っているのか――ということを言いたげに一瞬だけ驚きの表情をあらわにしたか、それからすぐに元の引き締まった表情に戻ると再び目線をジルスターチの方へと向けて、そのまままっすぐに見据え直す。 当のサミィは、キルーガやジルスターチが下手をすれば一触即発な状態になってしまうであろうことなど気にもかけていないのか、或いはそもそも分かってすらいないのか、さっきから地底部屋(今いる場所のことだ)の隅の方でノスティアードと笑い合いながら、呼称すら分からない見た目が奇妙な生物(おそらくジルスターチが造ったのだろう)と遊んでいる。 「イ・カタの予言は……ウ・リガでは狂信的に崇められていたもの。これは、我今の腐りきった故郷から出る時に、ある人物から託されたものである。このア・スティルやイ・ピルマがより良い未来へたどり着けるためにも――かなり重要となる存在といえる。そして、その上でこれを見て頂きたい。これは、明らかに、そこにいるサミィとやらが我々にとって大切な存在となるのを示している」 キルーガは、分厚い本のページを開くと――そのまま、ある箇所を指差した。ジルスターチは本を覗き込む前に、少し離れた場所でノスティアードと無邪気に遊び続けるサミィの方へチラリと目線をやる。 その直後、一瞬だが両目を細めてから忌々しいといわんばかりに此方へ険しい目を向け直すと、そのまま仕方なく本を覗き込む。 皆につられるようにしてルベリアは本に目を向けたのだが、確かにキルーガの言う通り――そこには、サミィにそっくりな姿をした子どもの姿が描かれていて、片手を前方へまっすぐに伸ばしている。 その表情は見えないけれども、辺りが橙色の太陽の光に包まれていることから察するに恐らく《明るい未来が待ち構えている》ことをこの本に描かれた絵は意味しているのだろう。 「ね、ねえ……これ____これって、もしかして……僕たち?」 「いや、そうとも言いきれないだろう。これでは、小さ過ぎて何が何だか分からないからな。だが、俺達ではないとも言いきれない……少なくとも、ア・スティルを取り戻すという望みは捨てるべきではない」 サミィらしき子どもが手を伸ばしている、ずっと先に――五人の人影が描かれている。 しかし、眩い光が照らしていて逆光となっているという構図のせいで、その五人の人影は容姿がハッキリとしない状態で描かれているのだ。 「何を……っ____何を言っている……かつて、貴様らウ・リガのヒト族はサミィを戦の道具として利用するためにダ・クエルフ族の住み処を破壊し尽くし、いざ手に入れたとなると役立たずだと罵りボロ布のようになるまでコキ使い、挙げ句に捨て去ったというのに……今更、サミィを欲するとは……どこまで貴様らヒト族は勝手なのだ!?」 狭い洞窟に、ジルスターチの憤りを帯びた怒鳴り声が響き渡る。 そのあまりの剣幕に、ついさっきまでルリアナと共に無責任ともいえる発言をしてしまっていた僕は何も言えなくなってしまった。 僕らはジルスターチやサミィの過去の事情など、ろくに知りもしないのに、勝手に自分達の希望を彼らに押し付けた――と思われてしまっても仕方ない。 ソナは先程からずっと、『面倒事に巻き込まれたくない』といわんばかりに目だけ此方へ向けつつ。少し離れた場所にある岩の上に座り込みながら沈黙を貫いている。彼は王宮に仕えていた頃から単純な面があるので、苛つきが顔に浮かんでしまっているのが明らかに分かる。 おそらく、ルリアナも僕と同じようなことを思い気まずいせいか、それ以降は暫く話さなくなってしまったため、洞窟に沈黙が漂い続ける。 ______ ______ 「………う………っ____」 周囲に流れていた沈黙と、ルベリア達の間に漂う気まずさを破ったのは思わぬ存在が起こした、ある行動____。 ついさっきまで我関せずといわんばかりに無邪気にノスティアードと遊んでいたサミィが、ふいに立ち上がりトコトコと此方へやってきて、あろうことか今まで知らんぷりを決め込んでたソナへとある物を差し出すという突拍子もない行動だ。 サミィがうまくヒト語を話せないからなのか、はたまた――何故サミィが唐突に自分へそれを渡してきたのか訳が分からないといわんばかりに、ソナは訝しげに差し出されてきた物へと目線を向ける。 ソナにつられたルベリアも、興味深そうにそれへ目線を向けた。 そして、ようやくサミィがソナへと渡そうとしている物が何なのか理解した。 それは、一見しただけでは何の変哲もなさそうな小石だったのだ。

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