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第51話

(ど……どうして____何で、いきなりこんなことに……っ……) 頭でそう思ってはいるものの、うまいこと言葉が出ない。いや、意図的に出ないというよりも出せないといった方が正確だ。 つい先刻までは、この洞窟の中には和気あいあいとまではいわなくとも、どちらかといえば穏やかな空気が流れていた。 ソナとルリアナのいざこざがあり、若干は険悪な空気が流れてはいたものの、少なくとも辺りに鉄の如く不快な匂いは漂ってはいなかった。 その他にも、先程の状況と今とでは明確な違いがある。 この洞窟で出会ったばかりの少年サミィは幼い子供のように無邪気に笑いながら此方と仲良くなろうとしてくれていた____とルベリアは思う。 それにジルスターチが瞬時にしてピクリとも動かなくなり、所々酷い裂傷が出来たせいで鮮血が流れ続け、ついさっぎで真っ白だった衣服を赤に染めているのが何よりもの違いだ。 かつて世間知らずと呼ばれ、周りの人々から散々甘やかされて育ってきた自分でさえジルスターチに残された時間は少ないと理解できた。 かつて兄として親密に接してきて、なおかつ母でもあるセレドナの最後の様と重ねてしまい予想以上にショックを受けてしまったせいで、何とか襲撃の衝撃に耐え身を起こすことができたとはいえ、哀れな最後を迎えようとしているノーム族の老人に近づくことさえできないルベリア。 ふと、視線を感じてそちらへと目を向ける。 ルリアナが神妙な顔つきで、なおかつ唇を噛みしめつつ此方を見つめてきたかと思うと、それからすぐに首を左右に振った。 幸いにもジルスターチとサミィから見えない位置にいたものの、こうなってしまっては――こう自覚せざるを得ない。 僅かに胸に希望を抱いていたルベリアだったが、遂に決意した。 (ジルスターチという名の老ドワーフは……おそらく何をしても、もう助からないだろう____) 不甲斐ないことだが、兄もそう思っているのだ__と、言葉にせずともルベリアは察した。 そうはいっても頭の中では理解してはいるが、どうしても悲しそうな顔をしているサミィ放っておくことができない。 そのためルベリアは、自身にも襲いかかる凄まじい痛みと立つことも容易ではないくらいの激しい目眩を何とか堪えつつ、まるで虫のように這いながら、もう少しで命を失う哀れな運命を抱えている儚き存在の元へと向かっていく。 そして、息も絶え絶えなジルスターチの唇が微かに動いていることに気付く。 「……ィ……を__た__のむ……」 永遠の別れとなるのを理解してるのか定かではないけれども、かつて側にいてくれた筈の人物の名を繰り返し叫びつつ、その大きな目に涙をため顔をぐしゃぐしゃにしながらも首を左右に激しく振り、もはや完全に動きを止めたジルスターチの氷のような体から離れようとしないサミィ。 その様を目の当たりにして、このような危機的状況にも関わらず、かつて最愛の人物である母、それと同時に頼りがいのある長兄でもあったセレドナを失った月夜のひとときの光景と重ねてしまうのだった。

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