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第一章
季節は初夏。空はどこまでも青く高く、湿度がそれほどでもないためか、暑いながらも時折木々を揺らす風が心地いい。
「ふぅ」
ベンチへと座り趣味のスケッチに没頭していた貴司だが、さすがに少し疲れてきたため、一旦手を休めると、小さく息を吐きだした。
アパートからほど近い小さな公園は、滑り台と鉄棒、そしてブランコしかない質素な造りで、少し離れた場所に大きな公園があるためか、足を踏み入れる人もほとんどいない。適度に植えてある木々が日差しを遮ってくれる空間は、エアコンのない部屋に住む貴司にとっては過ごしやすい場所だった。
――もう少し、描き込むか。
スケッチブックを少し持ち上げて全体を確認した貴司が、物足りなさを感じて再び視線を落とそうとした時、視界の隅を横切って行く小さな姿がチラリと見える。
――あ、今日も来た。
貴司はその後ろ姿に一瞬だけ視線を向けるが、すぐに目前のスケッチブックへそれを戻した。
最近この公園の中で起こっている小さな変化。それは毎日……かどうかは定かではないが、少なくとも貴司がここにいる時は、十時半頃に姿を見せる少年の存在で、彼は数十分、長い時には一時間近くブランコに乗って、そして公園を後にする。
目を合わせることも、ましてや挨拶を交わすこともない。貴司の存在は目に入っていないようだし、貴司自身、人当たりは良いと言われるが人との関わりは得意ではなく、一人でいるのが好きだから、少し興味はわいたけれど、敢えて話し掛けようとも思っていなかった。
――それにしても……綺麗な顔してるよな。
ベンチの数メートル先にブランコが配置されているため、スケッチブックから顔を上げると、少年の横顔が目に入る。中学生位だろうか?線の細い小さな体に焦げ茶がかった柔らかそうな髪の毛が、風に揺れるその様子は、平凡な風景を一瞬にして鮮やかに彩り、造り物みたいに整った綺麗な顔立ちが更に色を添えている。見る物の心を奪うとはこんな存在のことだろう。最初は描いている風景の一部でしかなかったが、日を追うごとに存在感は増していき、今では彼の描写をするために公園へと来ているようだ。
――流石に良くないよな。
日毎に増えるスケッチの数。本人に断りもなく描いてしまっていることに、罪悪感は持っているのだが、だからといって声を掛けるのもためらわれる。理由は、貴司が人との関わり合いをあまり好まない性質なのもあるが、それより彼の纏う雰囲気によるもののほうが大きかった。
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