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知っているのは聖一という下の名前と、出会った時、彼がまだ小学六年生だったということくらい。
家で着替えを貸して以来、ブランコに乗らなくなった聖一は、今度は貴司の座るベンチの隣へと座るようになった。おかげで彼を描くことはできなくなってしまったけれど、ポツリポツリと意味のない言葉を交わしながら過ごす時間は、慣れないけれども決して煩わしい時間だとは思えなかった。
『貴司さんの絵、僕は好きです』
彼に告げられたその言葉は、貴司にとっての宝物で、今まで誰に言われた褒め言葉よりも嬉しかった。
聖一の生い立ちや、なぜ学校へ行かないのかが気にならなかった訳じゃない。
だけど、どこまで彼の事情に踏み込んで良いのかなんて分からない。
そのうちに、自然と距離が縮まって、貴司の家にも遊びに来るようになっていった聖一に、一度だけ、親御さんが心配しないのかと尋ねると、祖父と二人で暮らしていると答えた彼の表情が、ほんの少しだが曇ったように見えたから、貴司にはそれ以上聞くことができなかった。
けれど、貴司が未成年の少年を家へと招き入れることに、戸惑いを持ち始めていることをまるで読み取ったかのように、次に来た時聖一は、祖父だという男性を連れてきた。
『聖一には少し事情がありまして、中学に入ったらきちんと学校へ行かせるので、ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ないのですが……』
礼儀正しく深々と頭を下げる年配男性に、僅かな違和感を抱いた貴司だったけれど、それよりも、聖一が学校で辛い目に遭っていたのかもしれないという現実が、強く胸を締めつけた。
詳しい事情まで聞けなかったが、もし貴司の想像通り、聖一が学校などでイジメに遭っていたのならば、時間を潰しに公園へと来ていたことも、表情が酷く乏しいことにも合点がいく。
『いえ、俺は全然迷惑とかじゃないんで』
むしろ、訪問を心待ちにしているとまでは言えなかったけれど、弟ができたみたいで楽しいから大丈夫と言葉を紡げば、祖父の横へと座っていた聖一の顔がフワリと綻んだ。
――天使みたいだ。
初めて目にする彼の微笑みに、貴司は驚きに目を瞠る。ふと視線を移動させれば、祖父もまた、驚いたような顔をしていた。
『遅くなる時には私が迎えに来ますので、聖一を宜しくお願いします』
頭を下げながらそう言い残した祖父が帰るのを見送ってから、『気を使わせて悪かった』と、顔を見ながら声を掛けると、黙ったまま首を横に振る聖一の頬が少し朱い。
『聖一くんは、笑ってたほうがいいよ。無理に頑張る必要はないけど、俺、お前の笑った顔、凄い好きみたい』
思ったことをサラリと告げると、聖一の顔が更に色づいた。
『僕も、貴司さんの笑顔が好きです』
照れたようにはにかむ姿に、心の底から温かい物がわき上がり、照れ臭くなった貴司はそれを隠そうとして腕を延ばすと、聖一の茶色い頭を少し乱暴にクシャクシャと撫でた。
それから、少しずつだけど様々な顔を見せるようになった聖一と、貴司の距離はどんどん狭まり、小さな友人は貴司の中で一番大切な存在へとなっていった。
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