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 本来、あまり他人と深い付き合いをしない貴司だったから、初めてできた家族のような存在は、孤独な心を温かく包み込み、それと同時に少しずつ、失う恐怖が心の奥で育ち始めた。  中学生になるからきちんと学校へ行くと言った聖一に、『友達ができるといいな』と微笑みながら告げたのも本心だというのなら、寂しいと感じたのもまた偽りのない本心で。  合鍵を彼に渡したのもそんな心の現れで、一度手にした小さな幸せを失うことが怖かった。だから、いつ彼が来てくれなくなるかと常に不安に思っていたが、二年が経った今でも変わらず毎週金曜日に聖一は訪れる。 「セイ、座ってないで運んで」 「はーい」  本を読んでいる聖一に声を掛けたあと、返事をしながら立ち上がる彼の姿を見て、貴司は思わず目を細めた。 「大きくなったよなぁ」 呟くと、近くまで来た聖一が「何が?」と首を傾ける。 「セイが、だよ。会った時は俺より小さかったのに」  今や声変わりも済み、その身長は百七十センチを軽く超えてしまっている。昔とは違い天使という感じではないが、整った美貌は更に凄みを増していく一方で、学校でもかなり人気があるようだから、なんで今もここに来るのか貴司には謎だ。  中学一年生の冬に身長を抜かれたあたりから、聖一は良く笑うようになり、言葉数も増えてきた。敬語だった言葉遣いも、以前より砕けた感じに変わってきていて、友達ができたと聞いた時には自分のことのように嬉しかったことを覚えている。 「成長期だからだよ。貴司さんは、大きくないほうがいい?」 「羨ましいだけだ、大きくなったってセイはセイだろ?」  何を気にしているかは分からないけれど、とりあえず思ったことを伝えると、ホッとしたように微笑みを浮かべた。 「良かった」 「何が? ……って、そんな話してる場合じゃなかった。スパが冷めるから運んで、俺はサラダ出すから」 言いながら、スパゲティーの乗った皿を彼へと手渡し、サラダを手にテーブルへ向かう。 「頂きます」  正座をして丁寧にお辞儀をする彼の姿は、成長しても少しも変わっていないから、それが何だかおかしくて、思わず貴司は目を細めた。 「貴司さん、今日は泊まって行っても大丈夫?」 「明日は十時からバイトが入ってるから、それでもいいなら大丈夫だよ」  こんな、今時テレビも置いていないような部屋に、どうして泊まりたいなんて言うのか理由は分からないけれど、拒む理由も貴司にはない。それに、この二年間で貴司はすっかり側に聖一がいることが、当たり前になってしまっていた。 「良かった、絵も見ても良い?」  少し上がった口角から、聖一が喜んでいるのが伝わってくる。 「んー、最近描いてないからなぁ……前のやつなら良いよ」  本当は美大に進学したいと思っていた貴司だが、画材の高さと就職への不安……それに、保護者の同意も得られなかったから、国立大の経済学部へ通っていた。四年生になった今は就職活動真っ最中で、スケッチブックを開く時間はほとんどない。

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