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「セイ、行ってくるから、出る時戸締まりしといて」 「……ん? うん、分かった」  体を揺らし伝えると、ようやく瞼を開けた聖一が寝ぼけ眼で頷いた。 「行ってきます」と声を掛けると、今度ははっきりと目覚めたらしい聖一が、「行ってらっしゃい」と手を振ってくれる。  後ろ髪を引かれながらも歩き出した貴司の心は、見送ってくれる存在があるということが、こんなにも心を満たすと教えてくれた存在への、感謝の気持ちで一杯になった。この関係がいつまで続くか分からないけれど、今はできるだけ長く続いてくれることを心底願う。  聖一から向けられる気持ちは、純粋に兄を慕うようなものだと信じて疑わなかった貴司だから、アルバイト先で同僚に、『首筋……付いてるよ』と、小さな声で指摘されても、首を傾げることしかできず、呆れ顔の同僚が絆創膏を貼ってくれた時、どうなっているのか尋ねると、『……蚊にでも刺されたんじゃないの?』 と、答えてくれた彼女の顔が、真っ赤に染まった意味さえ分からなかった。  一見、穏やかに見える生活が、数日後から少しずつ崩れて行くことになるなんて、その時の貴司には想像もつかなくて……だけど、本人の意志とは裏腹にその瞬間は突然、何の前触れもなくやってきた。  それは、七月も半ばを過ぎたある日。  隣の市にあるショッピングセンターへと、珍しく貴司が足を向けたのは、夏休みに入ってすぐに誕生日を迎える聖一への、プレゼントを購入するためだった。  去年はケーキだけだったけれど、今年は何か形に残るものを渡したいと考え、少しだけ予算はオーバーしてしまったけれど、悩んだ末にデジタルではなく針が動くタイプの腕時計を選んだ。シンプルなデザインだけれど独特な数字の書体が洒落ていて、聖一に良く似合いそうだと渡す前から心が弾む。  アルバイト後の買い物だったから、店を後にできたのは夜の十時を回った所で、人通りの多い通りを駅へと向かって歩く途中、ふと、目の端に映り込んだ人物に覚えがあるような気がして歩みを止めた。 「っ!」  大通りから横へと伸びる細い路地へと視線を向け、そこに見知った顔を見つけて貴司は驚きに固まってしまう。 「……セイ?」  思わず漏らした小さな呟きは雑踏に掻き消された。そこには、いつもの彼とは全く違う大人びた雰囲気を纏った聖一が、遠目にも綺麗だと分かる大人の女性に腕を絡める姿があった。  ――なんで?  混乱した。本来ならば中学生の聖一が、こんな時間に遊んでいることを嗜めなければいけない立場のはずなのに、本能的に見てはいけないものを見たような気がしてしまい、貴司は思わず下を向いた。こんな時、どう対処すればいいのかなんて分からない。  ――だけど、セイはまだ中学生だ。  一瞬の逡巡のあと、やっぱり声をかけようと思った貴司が顔を上げた瞬間、またもや信じられない光景がその瞳に飛び込んだ。 「あっ」  驚き過ぎて息が止まる。ゆっくりと、こちらに向かって歩きながら、伸ばされた女性の腕に頭を掴まれた聖一が、ねだられるままにその頬へと軽くキスを落としたのだ。

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