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 ――嘘だろ。  こんな聖一は知らない。キスの後、器用に唇の片端だけ上げて微笑む表情も、馴れたように女性の肩へと腕を回すその仕種も……全てがまるで別人で、だけどそれが本人なのだということが、貴司にははっきりと確信できた。  あとのことは良く覚えていない。ただ、聖一に気づかれてはマズイと思ったその途端、体が自然に動き出し……走って、走って、気づいたら家の前まで来ていた。ガチャガチャと鍵を開けた貴司は、部屋へと入ると一目散に敷きっぱなしになっていた布団へと倒れ込む。  ――俺は、何で。  こんなに動揺しているのだろう。中学二年生にもなれば、早い子だったらキスくらいは経験したことがあるだろう。場合によってはその先だって。  ――彼女……なんだろうか?  もしそうだとしたら、聖一は何でここに来るのだろう?毎週金曜日に来るのが当たり前だと思っていたけれど、約束している訳じゃない。それは、恒久的に続くものではないのだ。  先程目にした彼の姿に、かなりのショックを受けてしまった自分に貴司は愕然とした。  ――そうか、俺は。  この部屋は、聖一にとっての『逃げ場』だと思っていた。だけど、彼を逃げ場にしていたのは、実は貴司の方なのだ。 「駄目だな」  彼と過ごす時間が温か過ぎたから、まだ子供の聖一に依存しそうになっていた。成長期の聖一には楽しいことが他にもあって、自分の他にも安らげる場所があるのだと考えた途端、目の奥がツンとしてきて貴司はギュッと瞼を閉じる。  ――求めたら……いけない。  分かっていたはずなのに、つい勘違いしそうになった。これからは、上手に距離感をとらなければならないと貴司は思う。羽根を休めに来るならば、場所を提供してあげるし、必要がなくなれば黙って背中を見送れば良い。  混乱する頭の中、それでもどうにか結論を出すと、起き上がってから息を吐きだして貴司はバスルームへ足を向けた。

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