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「嬉しい、ありがとう貴司さん」
「気に入ったなら良かった。結構悩んだんだ」
渡した時計を嬉しそうに腕へと嵌める聖一の姿に目を細めながら、貴司はある決心を固めていた。大学を卒業したら、この街を出ることにしたのだ。
「ケーキも食べるか?」
尋ねると、コクリと頷く綺麗な笑顔に胸が鈍い痛みを覚える。何日か前に街で見掛けた大人びた彼の表情を、貴司は忘れられずにいた。
聖一がここを訪れるのは、実はあれから二回目なのだが、貴司はあの日のことを尋ねる勇気がまだ持てずにいる。それを聞いてしまったら、彼が離れてしまうよう気がした。
金曜だけの家族ごっこ。そう考えて割り切ってしまえれば、何てことはないだろうと無理矢理自分に言い聞かせると、貴司は口元に笑みを浮かべ、聖一の顔を真っ直ぐに見た。
「おめでとう」
小さな丸いケーキへと蝋燭を数本立てて、電気を消して火を灯せば、橙に染まった聖一の顔がいつもより大人びて見える。橙色の光は人を美しく見せるのだと、何かの本に書いてあったけれど、目の前にいる元から綺麗な少年の顔は、灯によって更に魅力を増していた。
「吹き消していい?」
「あ……うん、消して」
魅入られるように整った顔を見つめていた貴司の心臓は、聖一からかけられた声にドクリと大きな音を立てる。
――俺、変だ。
衝撃的な場面を目にしてしまったせいなのか、この前から聖一のことを前みたいに見ることができなくなってしまっていて、先週彼と一緒の布団に入る時にも、挙動が不審だったのか、「貴司さん、何か変だよ」と言われてしまった。
――初めてのことだらけで、きっと混乱してるんだ。
誰かのことがこんなにも気になるなんて、初めてのことだから。
フウッと息を吐き出す音と同時に灯がプツリと消え、部屋の中は闇一色に包まれる。
「セイ、電気……うわっ!」
『電気を点けて』と紡ぐはずだった言葉は突然受けた衝撃に、最後まで口に出せなかった。
「……セイ?」
抱きしめられた体が痛い。闇の中、器用にテーブルを乗り越えてきた聖一によって押し倒され、腕の中へと抱き込まれている状態に、驚いた貴司は呆然と名前を呼ぶことしかできなかった。
何が起こっているのか分からず、体を起こそうと試みるけれど、強い力に抑えつけられて身じろぎさえもままならない。
「……貴司さん、見たよね?」
耳元へ低く囁く声に、「何が?」と恍(とぼ)けられなかった。
「走って行ったから、嫌われたんだと思った」
「お前……知って?」
「気づいたら走り出す所だったから、追いかけようとしたんだけど、何だか怖くて……来るなって言われたらどうしようって思ってたから、今日プレゼント貰えて本当に嬉しかった」
言い募る声が僅かに震えを伴っているような気がして、貴司は返答に逡巡する。
――こんな時、何て言ったら……。
懸命に思考を巡らせたけれど、思い浮かぶ言葉を口にすることしかできなかった。
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