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季節は寒さの残る三月。
あの夏の夜の出来事の後も、聖一は以前と変わらす毎週金曜日にはアパートを訪れて、表面的には穏やかな日々が流れていた。変わったことがあるとすれば、それは貴司の心の中。深い場所へと芽生え始めたチリチリと胸を焦がすような感情に、違和感を覚える日々は今も尚続いている。
夏には一緒に花火を見たし、クリスマスには二人でケーキとチキンを食べた。
高価そうなカシミアのマフラーをプレゼントされて戸惑う貴司に、
『祖父が、お世話になってるからってお金をくれたんだ』
と、伝えてきた聖一のはにかんだような笑顔を見て、何だかとてもドキドキしたのを今も良く覚えている。
時折、忘れないでと告げられる『好き』の言葉。
彼の全てを受け入れてあげたい。だけど、その気持ちを恋愛感情と履き違えてはならない。そんな、奇妙に落ち着かない二つの相反する想いを抱いたまま、それでも聖一と一緒にいられる時間を大事に、大切に過ごしてきた貴司だけれど。
――それも……今日で終わる。
部屋の中、一人考えに耽っていた貴司は、閑散とした室内を見渡しその目を細めた。引っ越しも全て済み、あとは大家に鍵を返せば、この部屋で、これから新たな思い出が増えることはもうない。
言いようのない寂しさに、目の奥のほうがツンとするような感覚に囚われた貴司は、思わずギュッと瞼を閉じた。自分で決めたことなのに、いざとなるとこれで良かったのかという思いが込み上げてくる。
――考えるな、もう決めたことだ。
揺らぐ気持ちを断ち切るように、貴司がその手を握り締めた時、カチャカチャと玄関の鍵が開く音がして、扉がゆっくり開かれた。
「こんにちは」
いつになく強張った表情で挨拶をしながら、部屋の中へと足を踏み入れた聖一は、部屋の中を見回すと小さくだけれど息を飲む。
「本当に、何もなくなっちゃったんだ」
「ああ」
呟かれた彼の言葉に貴司が短く返事をすると、真っ直ぐにこちらを見つめてきた聖一の瞳と正面から視線が合った。
あっという間に過ぎた季節は、彼を更に大人びた姿へと変え、今ではもう貴司よりも十センチほどは背が高い。
「本当に、大きくなったな」
そう告げた貴司の元へと歩み寄って来た聖一は、小さく頷きを返しながら右の掌を差し出してくる。
「成長期……だから」
「……だな」
自らも右手を差し出して、彼から合い鍵を受け取りながら、どうにか笑みを浮かべようと試みた貴司だが、それは見事に失敗して困ったような苦笑いにしかならない。
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