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「新しい部屋の鍵はくれないの?」
尋ねてくる聖一の声に、心臓がドクリと音を立てた。
地元の企業には受からなかったから、東京の会社に就職すると嘘をついた時、一言の文句も言わずに『分かった』と頷いた彼の表情は、出会った頃のように色を失っており、罪悪感に押し潰されそうになった貴司が、休みの日には会社の寮に遊びに来ればいいと提案したことで、どうにか笑顔を取り戻してくれた。
今から伝える言葉のせいで、彼はまた、表情を失うことになるかもしれない。
だけど、聖一が傷つかないよう、彼が道を踏み外さないよう貴司は懸命に考えたのだ。
「セイ……鍵は渡せないんだ。実は、会社の独身寮は、部外者が入ることはできない」
「ほんとに?」
「ああ、金が貯まったら一人暮らしするから、そしたらセイにも鍵を渡す。お前、受験生になるんだろ? たまには俺もこっちに来るし、その時には連絡もする。だからセイも、今年は受験を頑張れ」
今度こそ、笑顔をきちんと作ることができた。嘘を吐くのに慣れてはいないけれど、ここは何とか切り抜けなければならない。
本当は、もうこの街を訪れるつもりはなかった。会わなければ、自分へ向けていた恋情などいずれ忘れる。一緒に過ごした長い日々も、綺麗な想い出になるだろう。
「そっか。じゃあ……受験、頑張るね」
少しの沈黙が流れた後、聖一が寂しそうに呟いた。その表情が泣きそうに歪んだように見えて、後悔に押し潰されそうになる。どうすれば彼を笑顔にできるのかは分かっているけど、今それを口にしてしまったら、間違いを更に大きな物にしてしまうことも良く分かっているから、貴司はすぐに答えることができなくなった。
だけど、また訪れた沈黙に、どうしても耐え切れなくなった貴司は、掌を強く握り締めると、どうにか乾いた唇を開く。
「応援……してるから」
そう告げた途端、正面にいた聖一が、突然一歩ことらへ踏み出し両方の腕を掴んできた。
「また、会えるよね」
確かめるように言い募り、至近距離から顔を覗き込む聖一の澄んだ瞳の色に、見透かされてしまいそうで貴司は思わず下を向く。嘘を重ねるのが苦しかった。大人なのだから、彼のためなのだからと懸命に顔を上げようとするが、どうしても行動には移せない。
「それは……僕が、貴司さんのことが好きだから?」
告げられた言葉に貴司は瞳を大きく見開いた。
「やっぱり……迷惑だった? 僕にはもう、会いたくもない?」
続けられた聖一の言葉に胃の辺りが重くなり、吐き気を催す程の苦しさに見舞われる。
――セイには全部、解ってた。
やんわりと自分の想いを否定されていることも、もう貴司には会うつもりがないということも。
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