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   *** 『……姉さんも、とんでもないことをしてくれた』  ――これは……。 『甘えないでよ!お前なんか要らない……あの疫病神の子供なんてっ』  ――夢……だ。  幼かった自分の……もう見たくもない記憶。  母親に捨てられてから、一度は施設へ引き取られていた貴司だが、しばらくして母の弟という人物の家へと引き取られることになった。だけど、世間体を気にした叔父の家で貴司を待っていたのは、温かさなど微塵も感じられないような生活で。  元より『気づいた時には堕ろせなかったから仕方なく産んだ』と、口癖のように言っていた母に抱いて貰った記憶さえなかった貴司だったが、それでも、人肌が恋しいと思う気持ちを我慢できるようになるには、当時はまだ幼過ぎた。 『触らないで、私はお前のママじゃない!』  淋しさから差し出した手を何度も叩き落とされる内、臆病になった貴司は彼らに望まれるまま、気配を消して毎日を過ごすようになっていった。  いない物として無視され続けるのと、憎いと毎日罵られるのとでは、どちらの方が良いのだろうか? 未だその答えを貴司は持たない。  空気のような存在になってから、比較的平和な日々が続いた。対面をかなり気にする夫婦だったから、衣食住は外から見ておかしくない程度に整えて貰っていたし、引き取られた時赤ん坊だった六つ年下の従兄弟のことも可愛いとは思っていた。  けれど、一度だけ彼から強請られて遊んであげようとした時、叔母からきつく咎められてからは、極力彼には近づかないよう、学校から帰るとすぐに与えられた自室へと篭る日々が続き、年の離れた従兄弟もまた、母親に言われているのか貴司へ近づいてはこなかった。  学校でも虐めに遇っていた訳じゃないが、深く付き合える友人は結局できなかった。せめて人から厭われないよう振る舞うあまり、作り笑いばかりが上手になった。  息苦しい毎日。  それでも、子供だった自分には、そこを抜け出して一人で生きていく術がない。  中途半端で誰からも必要とされない存在。 『もっと積極的にならないと』  教師からよく言われた言葉。  そんなことを言われても、どうすればいいのか分からなかった。テレビを見ることもなく、一日前の新聞だけが情報源。勉強をしたり絵を描いたりしている時だけが、心から楽しいと思える時間だった。  不幸だった訳じゃない。成績が優秀だからと教師が説得してくれたおかげで、大学へと通うことも許してくれたし、奨学金やアルバイトで通うことにはなったけれど、アパートを借りる時の保証人になってくれた上、当面の費用や敷金まで払ってくれた。

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