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 以前彼に囚われた時は、常に目隠しをされた状況で嬲られていた記憶しかない。正常な状態の自分を抱く時、彼は後ろから挿入してくるのが常だったから。  ――分からない。  疲れ切った今の状態では、理解しようにも頭が上手く働かず、行為中にふと、彼の顔を見たいだなんて思ってしまった自分の心も分からない。  否、本当は……分かりたくないだけなのかもしれない。  一つだけ確かなことは、離そうとした掌を、再び掴んでしまったのは自分の方だということだ。  ――俺が……弱かったから。  中学生の聖一との最後の記憶はあの公園。  病院から、貴司と一緒に駅へと向かって歩いていた聖一は、公園の前でピタリとその歩みを止めた。 『今まで……ありがとうございました』  そして、深々と頭を下げながらそう告げてきた彼の声は、胸が締めつけられるような切ない響きを伴っていた。その姿に、言いようのない喪失感を抱いた貴司だが、聖一に向かい頭を下げると戸惑いながらも口を開く。 『こっちこそ、本当に……ありがとう』  それは、偽りのない感謝の気持ちだった。 『一年後、待ってるから』  言いながら、聖一が見せた悲し気に揺れる綺麗な笑顔を、貴司は今でもはっきりと、思い浮かべることができる。その時の貴司はまだ、本当に一年経ったら会いに来ようと考えていた。この先には、二人で一緒に笑い合える、明るい未来が待っているのだと思えたから。  どちらからともなく握手を交わし、後ろ髪を引かれながらも、貴司は振り返ることをしないで駅までの道をひたすら歩いた。  振り返ってしまったら、辛くなってしまうだろうから。  人との別れがこんなに悲しいものだなんて知らなかったから、初めて抱いた感情に……自然と涙が出そうになるのを唇を噛んでぐっと堪える。  楽しかった二人の日々。  広がっていく二人の距離。  強く握り締めた掌には、先程触れた冷たい掌の感触だけが、やけにはっきりと残されていた。 第一章 終

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