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  ***  まだ中学生だった聖一と別れのあと、社会人になった貴司の生活は、慣れないことの連続だった。今まで、大学へ通いながら週五日間のアルバイトをしていたことを考えると、体力的にはそれより辛くはないはずだったが、新しい場所や仕事に順応しなければならないことで、精神的にはかなりの疲れを伴った。  それでも何とか仕事を覚え、夏を過ぎたころには大分落ち着いてはきたのだが、その頃になって貴司は初めて自分の心の中に開いた大きな穴の存在に、はっきりと気づいてしまうことになる。  それまでも、漠然とした喪失感は抱えていた。例えば、アパートの鍵を開けた時や、一人で食事をしている時、そんなふとした瞬間に、貴司の脳裏を掠めてはいた。  慣れない仕事に没頭し、思い出さないように努力したのだが、そうしてみても誤魔化しきれず、気づいた時には無視できないほど大きなものになっていた。 「セイ」  思わず声に出した名前が、一人の部屋に、やけにはっきりと響きわたる。会社の寮だと伝えていたのは偽りで、人と関わるのが得意じゃないから、実際には自分で借りたアパートに貴司は住んでいた。以前住んでいた場所よりも、僅かながらに広くなったこの空間に、今後彼が訪れることはないはずだ。  離れさえすれば、聖一からの想いは薄れていくはずだ……と、思っていたが、日に日に思いを募らせたのは逆に貴司の方だった。 『貴司さん』 涼やかな声が頭の中へと木霊する。  ここへきて、その存在がどれだけ大きな物だったのかを、改めて実感することになってしまっていた。  寂しいと思う。  会いたいと思う。  それが、友愛なのか、それとも別の感情なのかは分からない。だけど、彼のためには会わない方がいいことだけは、はっきりと分かっていた。そんな気持ちも時間が経てば治まるものだと思っていたが、想いは巡る季節と共に大きくなる一方で……どうしても薄れていかない聖一との日々の記憶に、貴司の心は戸惑いと不安で一杯になっていった。

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