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『今月の生活費、ちょっと足りなくて』 『実家の親が倒れちゃったの。行きたいんだけど、お給料前で飛行機代が……』  理由は数々あったと思う。申し訳なさそうに俯く紗英の表情は、嘘を吐いているとはとても思えなかった。だから、『すぐに返す』という言葉にも『いつでも良いよ』と返す位で、疑うことなく貴司は何度も彼女にお金を渡していた。特に金が掛かる趣味がある訳でもなく、地味な生活を送っていた貴司だから、ある程度の貯金もあったし、恋人が困っているならそうするのが当然だと思っていたのだ。  あまりに無知だったんだと思う。紗英のおかげで少し広がった世界には、楽しいことが色々あって、絵を描く他にも映画を鑑賞することが趣味に加わった。そして、奮発して購入したテレビとDVDプレーヤーは今やなくてはならない物となっている。  映画を観ながら過ごしていると、一人の夜も、淋しさを感じることなく過ぎていく。  彼女は週に一、二回家に来て、勿論たまにはセックスもした。初めての貴司を紗英がリードする形だったけれど、彼女は呆れる様子もなく、慣れない自分に付き合ってくれた。  ――好きになれるかもしれない。  そんなふうに考えるのはいけないことだと思いながらも、紗英のことが好きなのか、それとも聖一を忘れたいのかが貴司には分からなかった。けれど、きっと彼女のこともちゃんと好きだったのだと貴司は思う。  裏切られていたと分かった時、『悔しい』ではなく『悲しい』と感じたから。  突然、彼女との連絡が取れなくなってしまったのは、結構な金額を渡した後のことだった。  いつも来ているメールが来なくなったことで、何かあったのかと心配をしたのだが、連絡を取ろうとしたら番号もアドレスも使用されてはいなかった。  探そうと思えば探せたのかもしれない。だけど、敢えて探そうとはしなかった。  何か理由があるのならば、待っていればいずれ連絡が来るはずだと思った貴司は、いつも通りに生活を続けた。本当は、心のどこかで分かっていたのだ。何の理由もなく、自分なんかが愛される理由がないということを。  諦観にも似た気持ちを胸に抱きながら、仕事場と部屋を往復する日々へと戻り、そんな生活を二週間も続けた頃、これからもずっと同じような日々が続いて行くと思った矢先……それは、何の前触れもなしに突然貴司の前へと現れた。

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