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その日は、聖一の十六歳の誕生日で、貴司は去年そうしたように、仕事の帰りにバラ売りの苺ショートケーキを二つだけ購入した。いい大人の男が部屋で一人ケーキつつく姿は、傍目から見たらきっと恥ずかしい光景なのだろうけれど、誰が見ているわけではないし祝うくらいは許されるだろう。
夜とはいえ茹だるような暑さの中、箱の中の保冷剤が温くなる前にと急いで帰った貴司だが、アパートの一階にある自分の部屋の前に人影があるのを見て、その足をピタリと止めた。
「あ……」
無意識に零れてしまった声に反応した人物が、俯いた状態からゆっくりと顔をこちらへ向ける。
「……セイ?」
一瞬、幻覚かと思った。こちらを向いた聖一の顔は、記憶よりも数段凄みと美しさを増していて、こちらを見つめて綺麗に微笑む大人びた彼の表情に、貴司の背中をどういう訳か冷たい物が伝っていく。
「貴司さん」
そのまま、歩み寄ってくる聖一に、動揺した貴司の手からケーキの箱がポトリと落ち、それに気を取られ視線を一瞬逸らした隙に、フワリ……と懐かしい香りに包まれた。息が苦しい。
肩へと顔を乗せてきた彼が「会いたかった」と告げてくるけれど、約束を破った後ろめたさから、どうしていいのか解らない。
「貴司さん、少し痩せた?」
心配そうに紡がれる言葉にさらに困惑を深めながら、それでもどうにか落ち着かなければならないと思った貴司は、聖一の胸を両手で押して距離を取った。
「夕飯、食べに行かないか?」
見上げる程に身長を伸ばした彼を見上げ、なんとか落ち着いた声を出すと、目の前の聖一が僅かにその表情を曇らせる。
「部屋には入れてくれないの?」
質問に、心臓が大きく脈を打った。
どうして此処が分かったのか?
どうして会いに来てしまったのか?
聞きたいことは沢山あるけど、今いる場所では他の住人に見られる可能性が高いし、部屋に入れるのはなぜだかとても躊躇われる。
「家、あんま食べる物……ないし、折角……誕生日なんだから、何か美味しい物でも奢るよ」
しどろもどろに何とか紡いだ説得力のない言い訳に、それでも聖一はコクリと一つ頷いた。ごめんと一言謝りたいけどこんな場所では言い出せない。
「誕生日、覚えててくれたんだ」
貴司の横へ屈んだ聖一が落ちたケーキの箱を拾い上げ、独り言のように小さく呟き、それを聞いた貴司の胸は、引き絞られるように痛んだ。
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