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「セイ……」  思案の末、渇いた喉を冷たい水で潤してから、貴司はようやく口を開くが、続くはずだった「ごめん」の言葉を最後まで紡ぐことはできない。 「えー! マジで? それって酷くない?」  背後の席からいきなり聞こえてきた甲高い話し声に、貴司の体がピクリと震えた。  たった今、案内されて席に着いたらしい若い女性の、良く通る少し大きめな声が、カーテン越しに響いてきて、知っている声に良く似たそれに貴司は思わず目を見開いた。 「貴司さん?」  異変に気づいた聖一が、首を傾げて尋ねてくるけれど、それに答える余裕もない。 「ここってその彼の家の近くなんでしょ? 会っちゃったりしたらどうすんの?」 「大丈夫、アイツ外食絶対しないもん。つまらない男だったけど、お金持ってたしなぁ……純情っていうか、鈍感? まだ私と付き合ってるつもりでいるかもしれないから、連絡してお金貰ってこよっかなぁ」 「紗英~、止めときなよ。そんなことばっかやってたら、そのうち刺されるよ」  キンキンと耳に響いてくるのは良く知っている声のはずなのに、全く知らない言葉遣いに貴司は激しく動揺する。 「ナイナイ、そんな度胸ある男いないから。少しの間いい夢見せてやったんだから、料金貰って当たり前」 「紗英はホントに酷いよねー、にしても今回は貴司くん……だっけ? かなり可哀相」  ケラケラと笑う二人の会話に貴司の背筋が凍りついた。背後の席にいるのは多分、いや……間違いなく紗英だろう。現実を目の前にして、貴司は軽く吐き気を催した。  だけど、騙されていたと分かったのに、不思議と怒りは湧いてこない。つまらない男と言われれば、確かにその通りだし、紗英のことはやっぱり気になっていたから、元気みたいで良かったと思わなければならない……はずなのに。  ――何だろう……この気持ちは。  湧き出した、胃の奥のほうがジクジクと痛むような感情を、何とか抑え込もうとして、貴司は腹の辺りを掌で抑えた。その時。 「……あ」  いきなり、横合いから腕を捕まれ貴司は小さく声を上げる。見上げれば、気づかぬうちに席を立っていた聖一が、全くの無表情でこちらをじっと見下ろしていた。 「帰るよ」  短く放たれた彼の言葉はとても冷たく感じられ、貴司は思わず息を飲む。 「でも、セイは……まだ終わってないだろ?」  慌てて掛けた貴司の言葉は彼に素気なく無視されてしまい、分かったから離せと言っても聞き入れられずに強く引かれ、結局……そこから部屋に着くまでの間、強く握られたその掌が離されることはなかった。

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