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「んっ……」  塞がれていた唇が、ようやく解放された時には酸素が足りなくなっていた。朦朧とした貴司の口から呻くような吐息が漏れる。深いキスの経験がなかった訳じゃないけれど、こんな、体の芯まで痺れるような感覚に陥ったのは、初めてのことだった。 「気持ち良かった?」  尋ねてくる聖一の頬が少しだけ紅潮している。唇の端だけを器用に上げて微笑む顔は、貴司にとって初めて目にする類の物で、その姿は綺麗だけれど何だかとても怖かった。 「貴司さん?」 「……っ!」  もう一度掛けられた声に、ようやく我へ返った貴司は、短い息を繰り返しながらどうにかそこから逃れようとする。 「やめろ!」  しかし、瞬時に動いた聖一の手に手首を強く掴まれてしまい、膝を使ってテーブルを退かした彼によって、そのまま後ろへ押し倒された。 「セイ……離せ!」  腕を掴まれていたおかげで、頭を打ちはしなかったけれど、それでも視界はグラグラと揺れ、立て膝となった足の間へと入り込んできた聖一に、覆いかぶさるような形で手首を横へと固定されれば、ほとんど体を動かすことができない状態にされてしまう。 「離せないよ。離したら逃げるでしょ?」  頭上から響く聖一の声はその行動とは裏腹に、どこか寂しげな感情を含んでいるように聞こえる。何がなんだか分からないまま貴司が視線を彼へと向けると、色の読めない綺麗な瞳がこちらを真っ直ぐ見下ろしていた。 「ケーキ、一つは俺の分でいいの?」  その言葉に、無意識の内に体がビクリと反応を示し、それを見た聖一がクスリと喉の奥で笑う。 「セイには、関係ない」  完全に見透かされたことは貴司にだって分かったけれど、素直に認めることもできなくて顔を背けて吐き捨てれば、柔らかい物が頬へと触れた。 「顔、赤いよ」  耳元で囁く艶を帯びたその低い声音に、答えることもできなくて。 「俺の気持ちは変わらなかった。今も、貴司さんが大好きだ」 「……っ!」 「貴司さん、彼女のこと……好きなの?」  告白に……目を見開いて体を硬直させた貴司に、聖一が言い募ってくる。それが、紗英のことを指しているのだということは分かるけど、どう答えて良いのかが貴司には分からなかった。 『セイのことを考えないようにするために付き合った』なんて、聖一に言えるはずもない。 「好きだった」  それでも、騙されていたと分かった時に悲しい気持ちになったのは、きっと、彼女を好きだったからと思った貴司はそう答えた。怒りはない。自分だって中途半端な気持ちだったし、自業自得だと思うから。

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