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「なんで?」
そう聞いてくる彼の声は戸惑いを滲ませているが、それに答える上手い言葉が今の貴司には見つからない。自分にすらまとめきれないこの気持ちを、どう表現すればいいのかなんて分からないけれど、逡巡の末、抱きしめる指に貴司はギュッと力を込めた。
「俺は……セイが好きなんだろ?」
狡い言い方をしている自覚はあるけれど、上手い言葉が見つからない。探るかのような彼の視線に痛いくらい、貴司の鼓動が速くなる。
「……だったら、俺から、抱きしめたっていいはずだ」
表情を消して黙ったままの彼になんとか伝えたくて、貴司が必死に言葉を紡ぐと、聖一の手が背中に回され体をグイッと引き起こされた。
「うぅっ!」
膝の上に向かい合わせに乗せられて、戒められた貴司の脚が軽い痛みを訴えてくる。衝撃で離れてしまった自分の腕を、もう一度彼の背中へ回そうと伸ばしたけれど、聖一の手に髪を引かれて貴司の手は空気を掻いた。
「いっ!」
「どうゆう、意味?」
上向きに固定した貴司の顔を覗き込んだ聖一が、低い声で聞いてくる。
「そのまま……だよ」
抱きしめたいと思ったから腕を伸ばした。本当に、それだけ。
「そんな嘘で俺が引くって思った? だったらそれは間違いだ」
静かな中にも怒りを纏った聖一の声が鼓膜を揺らし、またもや彼を怒らせてしまったことに貴司は動揺するが、それでも必死に腕を伸ばすと聖一の背を抱きしめた。嘘を吐いて逃げた自分がすぐに信じて貰えるなんて思っていない。だけど、これだけは嘘ではないと彼に信じて欲しかった。
「嘘じゃない。俺は、セイと一緒にいたいって思ってる」
それを聞いた聖一の目が疑うように眇められ、威圧感に思わず瞳を逸らしたくなった貴司だけれど、それをグッとこらえると、彼の瞳を真っ直ぐに見る。
「だったら、何で来てくれなかったの?」
「それは……」
一瞬、言葉に詰まった。聖一のためと言いながら、本当は、自分を守ることばかりを考えていて、結局は大切な物を見失いそうになっていた。
――きちんと、言わないと。
「セイの言う通りだから。だから、行けなかった」
その言葉に、聖一は、驚いたように息を飲むが、すぐに全て理解したように口角を引き上げた。
「……やっと、認めた」
声と同時に髪の毛を掴む彼の指へと力が篭り、貴司の顔は更に上へと向けられる。
「そうじゃないかって、貴司さん優しいから……きっとそうだと思ってた」
「俺は、優しくなんかない」
狡くて臆病なだけと言いたくて口を開いた貴司だが、口から言葉を発する前に、喉仏へと噛みつかれた
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