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「ん……んぅ」
――喉が……痛い。
喉だけではなく体中至る所に痛みを感じ、貴司は深い眠りの中からゆっくり意識を取り戻す。
「……っ」
そして、視界一面に映し出された淡いピンクの風景に、思わず息を飲んだところで部屋の扉がカチャリと開く音がした。
「目が覚めたんだ」
耳に馴染んだ恋人の声。貴司がそちらへ視線を向けると、水差しとグラスを手にした聖一が、ゆっくりこちらに歩いてくる。
「セイ、俺……」
「沢山寝たから、喉渇いたよね」
自分はどうしてしまったのか? 一体ここはどこなのか? 疑問を口に出すよりも速く、グラスへと水を注いだ彼が、それを自身の口内に含んで貴司の口へと重ねてきた。
「なっ……セイっ……んぅ…ふっ……ん」
突然のことに動揺している貴司の薄い唇を、自分の舌を使って割り開き、ピタリと塞いだ彼の口から少しずつ水が送り込まれる。
「ん……んっ……」
首に添えられた聖一の指が喉の上下を確認し、二度、三度と同じ行為が繰り返されていく内に、覚醒した貴司の脳裏に断片的な記憶が次々と蘇ってきた。
――そう……だ、俺は。部屋で、男に……。
刹那、薬を使われ乱れた自分を思い出し、貴司の体が震え出した。途中、聖一が来てくれたことはもちろん覚えているけれど、それ以降の記憶はかなり曖昧なものになっている。
「んっ……うぅ」
息苦しさに、思わず顔を背けると、飲み切れなかった少しの水が口の端から零れ落ちた。
「貴司、もう要らないの?」
「セイっ……俺、俺は……」
「貴司、落ち着いて。もう終わったから」
取り乱した貴司の手首はベッドの上へと縫いつけられ、聖一の端正な顔が至近距離まで近づいてくる。
「寝てる間に全部済んだ。身体も全部綺麗にしたし、奴等もみんな片付けた」
「でも……俺」
「今回のことはアイツの動きに気づけなかった俺のミス。見張りからの連絡で、直ぐに駆けつけたんだけど……ごめんね、貴司」
「っ?」
聖一が何を言っているのか、今度もまるで分からない。『アイツ』というのが颯と呼ばれる少年のことを指しているのは何となく分かるが、その後に続けられた『見張り』という言葉の意味が貴司には分からなかった。
「……見張りって?」
「貴司が遠くにいるからだよ。心配でしょ? だから見張って貰ってた。そのお陰で助けに行けたんだ。間に合わなかったけど……ね」
弱々しく尋ねる貴司の頬へと軽いキスを落とし、自嘲気味な笑みを浮かべて聖一がそう囁いてくる。
「それは、そうかもしれないけど、だけど……そんなのって」
『おかしい』と言おうとしたが、喉に何かが貼りついたように声を出すことができなかった。近い距離から見下ろしてくる聖一の瞳の色が、いつもと少し違うことに貴司は気づいてしまったから。
「貴司は危なっかしいから、目を離したらまた逃げちゃうかもしれない。それに……」
そこで一旦言葉を切った聖一が、舌で唇を湿らせてから更に貴司へと告げてくる。
「あんな姿見たらもう、一人になんてしておけない。だから、決めたんだ。これからはずっと一緒にいるって」
「それってどういう……」
ずっとなんて一緒にいられるわけがないということくらい、彼にだって分かるはずだ。自分には仕事があるし聖一にだって学校がある。
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