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 この時の貴司はただ、泣かないよう、負けないようにと気を張るのに精一杯で、相手の気持ちに思いを馳せる余裕は残されていなかった。  結局、そのあと貴司は酸欠のために意識を失い、次に目を覚ました時には既に洋服が取り払われ、首輪を嵌められ、そこからのびた細い鎖でベッドへと繋がれていた。  間違えている。  帰して欲しい。  聖一が部屋に来る都度貴司は何度も何度も告げたけれど、聞き入れては貰えない。貴司の言葉は無視する癖に、毎日のように愛の言葉を囁いてくる彼への不満は、日に日に大きなものとなり、それは、ほどなく爆発した。 「お前がやってることは、アイツ等と一緒だ」  部屋へと閉じ込められから、何日か経ったその日の夜、繋がれてから初めて体を求められ、こちらに向かって伸ばされた手を、力を込めて叩き落とした貴司の口から出た言葉。 「へぇ、同じなんだ」  それに対する彼の答えは淡泊な物だったけど、その声音は底の知れない冷たい響きを帯びていた。  それから、黙って部屋を出て行った彼が少ししてから戻って来た時、貴司は自分が間違えたことを思い知らされることになる。 「セイっ……何? 止めろ!」  怯える貴司の細い両腕を強い力で拘束し、布を使って顔へと目隠しをした聖一が、一言「いいよ」と声を掛けると、ドアの開く音がしたあと、複数の足音がこちらに向かって近づいてきた。 「俺と、同じなんだよね」  幾つもの知らない指が体をなぞる感触に、「どうして?」と、叫ぶ貴司へ返された彼の冷たい言葉。正常な状態で、無理矢理される行為になど感じられるはずもなく、聖一の指示で媚薬を使われ浅ましく乱れてしまったその日から、複数の男によって毎夜のように犯される日々が始まった。 「セイ……お願い……助けて」  いつもは決して言うことのない彼を求める言葉でさえ、過ぎた快楽に支配されればた易く口から出てしまう。貴司が一旦壊れてしまえば、まるでそれを待っていたように優しい腕が伸ばされた。その手に縋り、熱に浮かされ、何度も彼を求めてしまう淫らな自分と、熱が冷めた後、自己嫌悪で吐き気を催す弱い自分。  境界は日々曖昧な物になっていくけれど、セックスを強いられる時以外、できる限りの精神力で貴司は気丈に振る舞った。  そうしなければ、自分が駄目になってしまうと思ったから。  熱に浮かされていない時には、何気ない、普通の会話も交わされた。概ね聖一が話をするのを貴司が聞いているだけだったが、彼の話の内容によっては「危ないことはしないように」と嗜めることもあった。奇妙かもしれないけれど、そうすることで貴司の心は何とか均衡を保っていた。  不自然で、日常からは掛け離れてしまった生活。だけど、人はそんな環境にすら徐々に慣らされていってしまう。日々の凌辱に慣れることなどできやしないと思っていたのに、繰り返される毎日に、気づけば心が麻痺したように痛みを感じなくなっていた。  見せてしまった数々の痴態を、聖一と薬のせいだと自分自身に言い聞かせなければ、きっと貴司は狂ってしまっていただろう。否、本当はもう狂ってしまっていたのかもしれない。

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