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「あれー、ヒナちゃん帰っちゃったの?」  少年が部屋を出て行って少ししてから来た聖一は、そう言いながらこちらを見るけれど驚いた様子は微塵もない。 「知ってたんだろ」 「バレた? あっちの部屋でパソコン弄ってたら、玄関閉まる音がしたから」 「あの子、嫌がってたじゃないか。犯罪だぞ……お前、何考えてる?」 「何って、俺はいつでも貴司のことしか考えてない。可愛かったろ? ヒナちゃん」 顎へ伸ばされた聖一の指を、貴司は叩いて振り払う。 「誤魔化さないでちゃんと答えろ」  あんなことをした聖一の、心の内を知りたかった。その真剣な表情に、聖一は少し口を歪めたが、それは一瞬だけのことで、すぐに唇の端を上げるとからかうように微笑んだ。 「つれないなぁ、ヤられてる時はあんなに俺を求めてくれるのに。理由だっけ? ただ興味があっただけだよ、あの浩也と珍しく長続きしてるから」 「なんだよそれ、意味が分からない。たったそれだけの理由であんな……」 酷いことを彼にしたのか? 『浩也』という名はたまに聖一の話の中に出てくるけれど、本人に会ったことはない。ただ、貴司と会えない夜には彼と連れ立って遊んでいたと聞いていた。  それならば、浩也は聖一の友人のはずで、昨日の彼が浩也の相手というのであれば、聖一は友人を裏切ったということになる。 「俺にはセイが分からないよ」  聞けば聞くほど混乱し、聖一が遠くなっていくような不安に駆られた貴司は首を横へと振った。 「どんな理由でもやっちゃダメなことだよね。だったら、理由なんてどうでも良いと思わない?」 「それは……詭弁だ」 「そう? 俺にとっては限りなく正論なんだけど」  彼の論理が分からない。そんな答えでは誰も納得しないはずだ。 「もういいじゃん。さっきからヒナちゃんの話ばっかりして焼けちゃうな。貴司の恋人は俺だろ?」 「それはお前が……う…ふぅ」  非難の言葉はだけど途中で、聖一の口に吸い込まれた。 「ぐっ……んぅ」  向き合いたいと思っているのに、口腔を舌でしつこく舐め回されてる内に、体が心を裏切る形でどんどん熱を帯びていく。チュクチュクと唾液を混ぜる卑猥な音に飲み込まれそうになりながらも、今回だけは負けられないと力を込めて胸板を押すと、意外にも、あっさり彼は貴司の体から離れていった。 「分かってるよ。貴司は心配なんだよね、俺のことが」  貴司が言葉を発する前にそう口にした聖一が、唇を指で拭いながら、薄い微笑みをそこに浮かべる。その表情は、禍々しい程美しく、だけど瞳に浮かぶ色は、底の見えない暗い闇を湛えていた。

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