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――そうだよ、心配なんだ。
瞳を閉じて貴司は思う。こんな状況が続いていても、彼を嫌いにはなれなかった。
「貴司は何も心配しなくていい、ただ俺だけを求めて」
耳許へと囁かれる声に流されそうになるけれど、もしもそうしてしまったら、この手に溺れてしまったら、彼の心を永遠に見失ってしまいそうで。
「浩也は怒るかな? 俺は、あの男が取り乱した姿が見たいのかな」
独言のように呟かれる言葉。それもきっと本心なのだろう。
『そんなの……おかしいよ』
喉元まで出かけた言葉を口にすることはできなかった。
聖一が何を思っているのか本当に分からない。自分自身の気持ちすら、覚束ないで揺らいでいる。だけど、気のせいかもしれないけれど、肩へと顔を埋めるように抱きついてきた彼の声が、幾分の迷いを帯びているような気がしてきて、貴司はその背に腕を回すと、ギュッと指先へ力を込めた。
そんな出来事があった後も、日々は変わらず流れていく。
嵌められている首輪が外されることもなく、ベッドの上へと繋ぎ止められ、定期的にやって来る知らない手に犯され続け、貴司の心は体と共に疲弊しきってしまっていた。
空いた時間に思い出すのは『ヒナ』という名の彼のこと。思い出す度胸が痛んで胃の辺りが重くなり、強い吐き気に見舞われる。
――彼は、どうしているだろう?
断片的に頭を掠める悲痛な叫びと泣き顔に、聖一のことを止められなかった自分の弱さを責め続けた。
――だけど、俺は……。
こんなになっても愛しいなんて間違えているけれど、歪んでいるとは分かっていても、どうしても聖一のことを嫌いになんてなれなくて。
――でも、離れないとダメだ。
だからこそ、余計側にはいられないと貴司は思う。
あの日の夜、向き合いたいと思ったから、懸命に話をしたけれど彼には全く届かなかった。ならば自分がここからいなくなるしかない。今の狂った状況から、普通の暮らしに戻りさえすれば、彼もきっと冷静になってきちんと考えられるだろう。
これ以上、罪を重ねるその前に、目を覚まして欲しかった。
――でも、どうやって?
革製の首輪には南京錠が付けられていて、外されるのは風呂だけだから、逃げ出す隙などありはしない。
――セイが飽きるまで、待つしかないのだろうか?
追い詰められた貴司の頭に良い案が浮ぶ筈もなく、首輪から伸びた長い鎖を指でカチャカチャ玩びながら、ぼんやり思考を廻らせていると、インターホンの鳴る音がドアの外から響いてきた。
まだ朝早いこの時間、人が来るのは珍しい。来客の全てが自分を犯すわけではないと知ってても、昨日も深夜まで苛まれていた貴司の体は無意識の内に強張った。
体に掛かったシーツを掴んでベッドの上へと起き上がる。すると、誰が来たかは分からないけれど何度も大きな音がして、怯えた貴司は身を硬くして思わずドアを凝視した。
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