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「そうだね……たかが猫だ」
淡々と答える彼の瞳が揺らいだように見えたのは、自分の気のせいなのだろうか?
「お前の猫なら相応の罰を受けて貰った。分かってるだろうが、これで〝あいこ〟だ」
計画を悟られたりしないよう、殊更いつもの風を装い、冷たい笑みを浮かべて告げると、同じように微笑んだ彼が「仕方ないね」と言葉を返す。
「パソコンの請求書は、後で送らせてもらう」
「あれは利息分だ。もし、他にバックアップがあったら……」
「ないよ。うたぐり深いなぁ、浩也が壊してくれたおかげで、貴司のデータも消えちゃったけど」
本当に腹の読めない男だ……と、浩也は思うが、調子が戻った彼とこのまま話をしても、悪戯に時間を浪費するだけだ。
「自業自得だろ。これからは……遊びたいなら一人で遊べ」
「悲しいなぁ……恋人のために友達、捨てるんだ」
言いながら、ちっとも悲しくなんかなさそうに足を動かした聖一が、「まあいいや。分かったから、帰る前にこれ解いてってよ」と、付け加える。
手は背後で、足については立てないように膝を折り曲げて縛ってあり、このまま自分が帰ってしまえば誰かに見つけて貰えるまで、長い時間、貴司が苦しむことになるのは分かっていても、目の前にいる聖一のあまりに普通の態度を見て、このまま紐を解いてやるのはかなり癪だと浩也は思った。それに、ここで素直に話を聞いても彼から見たらおかしいだろう。
「分かった。ここだけ外してやる」
屈みながら告げた浩也は、折り曲げられた脚の拘束の太股の部分だけを手際よくスルリと解いた。足首の紐は残っているが、聖一くらい運動神経が良ければ何とかするだろう。
「不様に這って行けばいい」
できるだけ、悪辣な笑みを浮かべて浩也がそう告げると、薄い笑みを貼付けた彼は「帰っていいよ」と、抑揚なく呟いた。
***
「うぅっ」
力ない自分の呻きが、どこか遠くで響いている。媚薬を使用されなかったことが、良かったのか悪かったのか? 痛みに苦しむ貴司の中に快楽の影は微塵もなかった。痛みが悦楽になる性癖を持ち合わせてもいなかったし、聖一が自分に痛みを課す時は必ず薬を使われたから。だから溺れられたのだ。
「んっ……ふぅっ」
――セイは、大丈夫だろうか?
意識を逸らした思考の先でも浮かんでくるのは聖一で、そんな自分をおかしく思うが、そうなるのも無理はない。
そもそも、貴司は聖一以外の人と深く関わったことがなく。現状も、限られた狭い部屋の中で、聖一だけが世界の全てになってしまっていたのだから。
だけど、他人と距離を取り続けてきた臆病者の貴司のことを、酷い目にあったのにも関わらず心配してくれる人がいる。そんな彼らにどうしても、『ごめんなさい』と『ありがとう』を伝えたいと貴司は思った。そのために今は我慢して、自分をしっかり保たなければならない……と。
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