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「名前、教えてくれないか?」  考えに耽っていると歩樹の問いが聞こえてくる。ハッと我に返った貴司は、自分がまだ名乗ってもいないことに初めて気がついた。 「本城貴司っていいます。すみません、俺……」 「気にしなくていいよ、バタバタしていたからね。すぐに着くから、もう少しだけ我慢してくれ」 「はい」  声の震えが伝わったのか、宥めるような歩樹の声音に小さく返事をしながらも、貴司の胸は情けなさで一杯になってしまう。自分がしっかりしてさえいれば、こんなことにはならなかった。そう思うと、またもや涙がじんわりと滲んできた。 「無理なことかもしれないが、今は何にも考えないほうがいい。情緒がかなり不安定になってるから」  突然、至近距離から聞こえた歩樹の声に驚き、息を詰めた貴司の背中は優しい掌に摩られる。 「驚かせてすまない。今、着いたから」  気づかぬ内に車は既に停まっていて、考えごとをしている間に、歩樹は静かに移動してきたようだった。 「ゆっくり息吐いて……そう、上手だ」  言われたように息を吐き出すと、背中をトントンと軽く叩かれる。そのうちに、貴司の呼吸は安定し、それを見計らったように歩樹が、握りしめられた貴司の指を一本一本伸ばしていった。 「移動するよ」  降ってきた声と同時にドアの開く音が聞こえ、抱き込まれたと感じた途端、体がフワリと宙に浮く。 「あっ……だ、大丈夫です。自分で……」 「本城君は軽いから、平気だよ」 「そうじゃなくて」 「まだ体が震えてる。とりあえず、今は俺の言うことを聞いてくれないか?」  真摯に響くその声に、それ以上逆らうこともできなくなって貴司はコクリと頷いた。久々の外気はポカポカと暖かく、陽の光が降り注ぐのがアイマスク越しに伝わってくる。  ――暖かい。  貴司がそう思うと同時に、「今日は暑いな」と呟く彼の声がした。    *** 「はい、お疲れ様」  室内へと入った歩樹は貴司をソファーの上へと降ろし、アイマスクを外しながら柔らかい笑みで告げてくる。 「こちらこそ、お手数をおかけして……すみませんでした」 「いいよ、可愛い弟の頼みだし、それに本城君の姿を見たら、普通は放っておけないよ」 「あの、ここは?」 「俺の実家の離れだ。前は俺の部屋だったんだが今は弟が使ってる。君のいたマンションからはそう離れていない」 「どうしてあなたが?」 「彼が学校に通う間に君の所に行けて、尚且つ北井君との繋がりの見えない人間ってことで、俺に白羽の矢が立った」 「そう……ですか」  そう答えてはみるけれど、本当は全然話が見えてこない。そんな心中を知ってか知らずか歩樹は突然腕を伸ばすと、貴司の額へと触れてきた。 「なっ」 「熱があるみたいだ」  驚きに固まった貴司の額へと触れたまま、そう告げてきた歩樹は屈んで首へと軽く触れてくる。

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