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「なっ」 「熱があるみたいだ」  驚きに固まった貴司の額へと触れたまま、そう告げてきた歩樹は屈んで首へと軽く触れてくる。 「脈も速いな。とりあえず弟達が帰ってくるまで時間があるから、横になって休むといい」 「でも……」 「大丈夫、悪いようにはさせないよ。これ飲んで、眠れないかも知れないけど、体を横にするだけで随分違うから」  差し出されたスポーツ飲料を素直に受け取り口に含むと、体は水を欲してたようで、貴司は喉を鳴らしてそれをコクコクと飲み込んだ。 「ありがとうございます」  テーブルの上へ容器を載せ、貴司は歩樹へ礼を告げる。すると、「横になって」と促され、言われるままに横たわった貴司へと、歩樹がフワリと薄い布団を掛けてくる。 「とりあえず目を閉じて」 言われて瞼を閉じた貴司だが、興奮で眠れるはずなどないと内心思っていた。だけど、そんな思いとは裏腹に、どんどん眠たくなってしまう。 「眠れそう? なら、その間に手当てだけさせてもらうよ」  近くで話す歩樹の声もどこか遠くで響いていて、「はい」と返事はしたけれど、彼が何を言っているのかはほとんど分かっていなかった。 「さて……と」  目の前で寝息を立てる小さな体を瞳に映し、薬箱を出した歩樹は貴司の首へと指を伸ばす。可愛がっている高校生の弟から、頼みがあると言われた時にはそれがこんなことだとは思わず、二つ返事で頷いた。  歩樹は医師で、将来的には今いる実家に隣接している父親の経営する病院へと戻ってくる予定だが、今は都内で勤務医をして経験を積んでいる。弟の佑樹に呼ばれていなければ、非番の今日は家でゆっくりと眠っているはずだった。  ――佑樹は、大丈夫なのか?  一ヶ月くらい前にも呼ばれ、似たような状態の男の子を診たばかりだったから、弟の交遊関係が些か心配になってしまう。  今回、人助けだと言われて向かったマンションで、見てしまった光景は更に酷いものだった。  ――本当、酷いな。  首の後ろが傷になり、床擦れのようになっていることに、本人はきっと気づいてはいないだろう。落ち着かせるため飲み物へと睡眠薬を混ぜたから、きっとすぐには起きないだろうが、治療は手早く済ませた方がいいだろうと歩樹は思い、箱から道具を取り出した。  折れそうな程に細い首を傾かせてから処置を施し、布団の中から腕を取り出すと裾を捲って跡がないかを丹念に確認する。 「良かった……ない」  覚醒剤などの注射痕がないことにホッと息を吐き、握った手首の余りの細さに驚いた。  ――何で、こんな。  礼儀正しいこの青年が、どうして監禁されていたのか? 気にはなるけど、目が覚めても尋ねることはできないだろう。  ――精神的な安定が、今は何より大切だ。  部屋で初めて見た時に、体中へと散りばめられた無数の痕を確認するか悩んだが、骨が折れてはなさそうだから、とりあえず、洋服を脱がせることはしなかった。

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