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「ただいま」 「おじゃまします」  もう一つのソファーへと座り貴司の姿を見つめながら、思案していた歩樹の耳に弟の声が聞こえてくる。 「おかえり」  結構な時間が経っていたことに、そこで初めて気づいた歩樹は、振り返りながらリビングへと入って来た弟の佑樹と、その幼なじみの亮へと小さく返事をした。 「上手くいったたんだね。ありがとう、兄さん」  メールで報告してはいたけれど、本人を見て改めて実感したのだろう。礼を告げてくる佑樹に頷き今度は歩樹が口を開く。 「北井君は後からくるのか?」 「いや、普通に家に帰るって。疑われる可能性があるから、当面は接触を避けた方がいいって言ってた」 「そうか。で、今後は?」 「何日か家にいて貰って、その後は本人と相談して決めるって言ってたよ」  ――未定ってことか……そうだよな。  この青年の素性を知るのは今のところ、監禁していた阿由葉聖一だけなのだから。    ***  ――誰の……声? 「……う……ん」  聞こえてきた話し声に、眠りから覚めた貴司の瞳に最初に映り込んだのは、制服を着た見知らぬ二人の青年で、慌てて体を起こそうとすると体がフラリと揺れてしまい、倒れそうになったところで伸びてきた腕に肩の辺りを支えられた。 「急に起きちゃ駄目だ。体が大分弱ってるんだから」 「すみません、俺、寝ちゃったみたいで」 「休めたなら良かった。俺の弟の佑樹と、向かいの家の小此木亮だ。北井君とは学校の友達……だよな?」  支えた腕で貴司の体はソファーに座る形にされ、歩樹に二人を紹介されて視線を彼等の方へ向けると、それぞれがこちらに向かって軽く頭を下げてくる。 「はじめまして、本城貴司といいます。迷惑をかけてしまってごめんなさい」  それに応えて頭を下げ、貴司が謝罪の言葉を告げると、亮と呼ばれた背の高い青年が爽やかな笑顔を浮かべて右手をこちらへ差し出してきた。 「歩樹さん意外と抜けてる所があるから、ちょっと心配してたんだけど、上手くいって良かったです」  つられて出した右の手を、彼の大なそれに握られ軽い握手を交わしていると、その横から佑樹が顔を出してくる。 「兄さんが失敗したらって、今日は気が気じゃなかった。落ち着くまで、何日でも家にいて下さいね」 「そういう訳には……」  兄の歩樹よりだいぶ小柄だが、顔の造りは似ているなどとぼんやり思っていた貴司は、佑樹が放った最後の言葉に驚いて口ごもる。あの部屋から助けて貰えたことだけでも十分なのに、これ以上未成年の彼等に甘えることはできない。 「お前等一言余計なんだよ。俺を信用してないのか?」  返す言葉を考えていると、貴司の横から呆れたような歩樹の声が聞こえてくる。 「信じてたよ、でなきゃ兄さんにお願いしないもん」 「歩樹さんしか頼れる大人がいなかったしな」 「亮、やめなよ、兄さんがいじけちゃう」  余程親しい関係なのか、目の前で繰り広げられる何気ないやり取りが、何だか凄く温かく見えて貴司はクスリと笑みを漏らす。

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