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第7話
奇妙な新婚生活は、同じく奇妙に過ぎ去っていきます。
頭領は畑作や酪農に汗を流し、桃太郎は家事全般を毎日こなし、どこにでもいる普通の夫婦のように過ごしていました。三日に一度、桃太郎が夜這いを仕掛けてくる度に乱暴な性交を行い、会話はそこそこの頻度。表面的には立派に新婚です。
――そんなある日、事件は起きました。
「オイッ! 桃太郎ッ!」
普段は『ただいま』から始まる帰宅ですが、今日は違ったのです。
頭領は鬼気迫った様子で、台所に立つ桃太郎の肩を掴み、壁に押し付けました。桃太郎と壁が接触する、大きな音が台所に広がります。
けれど、桃太郎は普段と同じ……口元だけに笑みを浮かべた、冷酷な表情です。
「お疲れ様です、頭領さん。いかがいたしましたか? 夕餉にはまだ早いですよ」
「そんなことどうだっていいんだよッ!」
自分よりも頭一つ分以上背の低い桃太郎を睨んで、頭領は怒鳴りました。
「――何で雉を殺したんだッ!」
頭領は怒り顔です。
それとは対照的に、桃太郎は口角だけを上げた笑顔のままでした。
「鶏肉が必要だったので」
桃太郎はさも当然かのように淡々とした口調で答えます。頭領は思わず手に力を入れすぎてしまい、桃太郎の肩に爪を食い込ませてしまいました。
「不必要な暴力と殺生は止めろッ!」
「食糧調達は不必要、なのでしょうか」
「あぁ、クソッ! 訂正ッ! 俺が『いい』って言わない限り、暴力と殺生は禁止だッ!」
常識はずれな強さを持つ桃太郎と暮らすこと、一ヶ月。頭領は知ったことがありました。
――桃太郎には【常識】が分からないのです。
結婚して三日の段階で疑惑程度に抱いていた気持ちでしたが、一ヶ月も経つと確信に変わりました。
頭領の言葉に、桃太郎はわざとらしく小首を傾げます。
「何故でしょう……貴方はいつもそうですよね。貴方が邪魔だと思う人を殴れば怒り、ならばと大切な人を殴ってみても怒ります。これでは、取引の意味がありません」
桃太郎と愉快な仲間達が奇襲を仕掛けてきてから一ヶ月……島に迫りくる脅威らしい脅威は特に無く、桃太郎は力を持て余していました。持て余した力の使いどころが迷子になり、結果として……桃太郎は毎日、頭領を怒らせてしまっていたのです。
怪訝そうな表情をとりあえず浮かべてはいるけれど、全く反省をしていない桃太郎を見て、頭領は忌々し気に舌打ちをします。
――そして、桃太郎の頬を平手打ちしました。
「……っ」
乾いた音が台所に響くと同時に、桃太郎は息を呑みます。
「犬も猿も殺して、挙句雉まで手にかけて……鬼退治だかなんだか知らねぇけど、お前達は仲間だったろッ! 仲間くらい大切にできねぇのか、お前はッ!」
島と島民の為に、理不尽な襲撃者と形だけでも夫婦になった頭領は、知っての通り仲間思いでした。
だからこそ、桃太郎の行動は許容できません。
頬に赤みが差した桃太郎は、呟きました。
「『仲間』……ですって? 私と、あの害獣がですか……?」
桃太郎は顔を上げ、頭領を見つめます。
「ご冗談を」
――その瞳には、蔑むような色が滲んでおりました。
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