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第9話

 言葉を失った鬼の頭領を見上げて、桃太郎は笑います。その瞳からは、侮蔑の色が消えておりました。 「私を育ててくれたお爺さんとお婆さんは、様々なことを教えてくれました。二人は本当に元気で……毎日お喋りをして、そんな毎日が……本当に、楽しかった」  丁寧な言葉遣いに家事全般、果てには閨での過ごし方……桃太郎を育てたのは、川を流れる桃を拾ってくれたお爺さんとお婆さんです。  『楽しかった』と言う割に、桃太郎の目は笑っていません。言葉と表情の温度差に、頭領は違和感を覚えます。  ――そして薄々、察してしまいました。 「……二人、は?」 「随分と前に、流行り病で」 「…………そう、か……」  頭領が、桃太郎の肩から手を放します。自身を育て、守り続けてくれた二人がいなくなった桃太郎の心境を……頭領は推し量りました。  桃太郎から視線を外し、頭領は言葉を探します。 「……辛かった、な」 「月並みな言葉ですが、ありがたく頂戴いたしますね」  桃太郎の言葉を思い返すと、都の人々がどうして桃太郎をこの島へ追いやったのか……頭領は想定できてしまいました。  元気だった二人がある日、流行り病に罹ってしまい突然の逝去。その家には得体の知れない一人の少年がいます。  当然、周りはその子を奇妙だと思うでしょう。頭領達のことを『鬼』と言いふらすような人々です。その子が何かを運んできたのだと、勘繰り噂したってなんら不思議ではありません。  桃太郎がこの島にやって来て、何をしたのか……桃太郎の境遇を知っても、到底許すことはできないでしょう。頭領の怒りは揺らぎません。  忌々しくて、大嫌いで、憎くて仕方ない。頭領が抱く桃太郎への感情は、そんな類のものです。  けれど、新たに一つ……別の想いが付与されました。  ――【憐憫】という想いが。 「お前は……二人が死んでから、誰に育てられてたんだ……?」 「そんなこと、どうだっていいではありませんか」  解放された桃太郎は、頭領の横を通り過ぎ、再び台所へ立ちました。台所には、雉だった肉塊が転がっております。 「せっかく早く帰ってこられたのですから、夕餉の支度を急ぎますね」  一度だけ振り返った桃太郎は、笑みを浮かべて付け足しました。 「今日もお疲れ様でした」  一ヶ月、毎日欠かさず送られる言葉です。頭領はその言葉に、毎日曖昧な相槌を打っていましたが、今は返事をできません。  小さな体で、いったいどれ程の苦行を強いられてきたのか……そんな想像をしてしまっていたからです。  同じ都からやって来て、そこそこの苦楽を共にしたであろう雉を捌く桃太郎の手には……迷いがありませんでした。

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