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第10話
お爺さんとお婆さんが死去してから、桃太郎がどんな日々を過ごし、どんな待遇を受けたのか……雉が殺されてから数日経った今でも、鬼の頭領は知りません。
しかし……桃太郎が世間知らずだったり、常識や当たり前を知らないことに対して、その理由がほんの少しだけ分かった気がしました。
あの話を聴いてから、頭領は桃太郎への接し方を少しだけ改め始めます。
「お前……近隣だけじゃなくて、島中を散策してるんだって?」
桃太郎が作った味噌汁を啜りながら、頭領は質問しました。頭領の質問に、桃太郎は頷きます。
「はい。この島を守ることが婚姻の約束でしたから、見回りは基本中の基本かと。……よくご存知ですね」
「苦情が入ってるからな」
「『苦情』ですか?」
焼いた魚を箸でつつき、頭領はうんざりした表情を桃太郎へ向けました。桃太郎は小さく、首を横に振ります。
「言われた通り、暴力も殺生もしておりません。なので、心当たりはないのですが」
「言葉だよ」
姿勢正しく座っている桃太郎は口元だけの笑みを貼り付けたまま、小首を傾げました。
「はて……とんと憶えがございません」
「嘘吐くな」
「嘘だなんて……私は嘘を吐いたことが――あぁ、いえ……申し訳ありませんでした」
桃太郎は一瞬だけ瞳を揺らすと、慌てて言葉を言い換えます。
「落ち度があったのでしたら、改善致します。周りが何と仰っていたのか、お教えいただけますか?」
そう言うと、桃太郎は食器を置き……床に、手と額を付けました。
深々と頭を下げた桃太郎に、頭領は当然驚きます。大袈裟で仰々しい桃太郎の所作はいつものことですが、慣れないものです。
頭領は気まずそうに味噌汁を啜り、ブツブツと文句のように呟きました。
「お前……俺以外の奴を虫けらか何かだと思ってるのか? 周りから聞いた話だと、お前は島民のことを『頭領さんに迷惑をかけているだけの昼行灯共』って呼んでるらしいじゃねぇか」
「はい。……事実ではありませんか。何か、問題でも?」
頭領は、島民から寄せられている信頼が絶大です。若いけれど、博識で頼り甲斐があり、何より情に厚い頭領のことを尊敬し、支えとしている島民は沢山います。
そんな島民のことを、桃太郎は頭領と対等には扱えません。桃太郎にとって重要なのは頭領だけで、他は等しくどうだっていいのです。
どうして桃太郎が、そこまで自分を重要視しているのか……頭領は知りません。それでも、桃太郎が間違ったことをしていると伝えたいのです。
顔を上げた桃太郎へ、頭領は冷たく言い放ちました。
「島民とは必要以上に関わるな。お前はその気味の悪い笑みを浮かべながら『おはようございます』とか『こんにちは』とか……挨拶だけしてろ」
「万が一、話を振られたら?」
「『そうですね』とか『素敵ですね』とか言っとけ」
「承知致しました」
言われた通り、桃太郎は笑みを浮かべ直します。
「これが、俗に言う『亭主関白』というものですね。頭領さんは私の器量を試されているのでしょう。……ご安心を。私は貴方を裏切りませんし、全てに従います」
そう言って、桃太郎は食事を再開しました。
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