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第12話

 家事全般をこなすのは基本として、桃太郎は他の活動にも力を入れていました。  島中を毎日見回り、危険因子がないかどうかを確認するのは当然として、島民へ積極的に挨拶をするようになったのです。 「この島は、本当に温かい方々で溢れていますね。私に挨拶を返してくれますし、話まで振って下さります」  昼に干した洗濯物を取り込んだ桃太郎は、衣服を畳みながら呟きます。そんな桃太郎を、頭領は横になりながら見やりました。 「は? 別に、普通だろ」 「私にとっては貴重なのです」  自分の失言に気付いた頭領が弁明するよりも先に、桃太郎は瞳を揺らします。 「素性を知らない島民からしたら、私は普通の人に見えているのでしょうか。騙しているようで、気が引けますね」  申し訳無さそうに言葉を紡いだ桃太郎に向けて、頭領は眉間に皺を寄せました。頭領にとっても、桃太郎は普通の人に見えるからです。  ――けれどそれを言うには、余計な矜持が邪魔をしました。  畳み途中の衣服から視線を逸らし、桃太郎は頭領を見つめます。 「若しや……頭領さん。私のいい噂話でも広めて下さったのですか?」 「――はぁ?」 「頭領さんの真似をしてみました。つまり、冗談です」  そう言って口元だけで笑う桃太郎は、衣服へ視線を戻しました。  桃太郎へ向ける頭領の心境が変化していくように、桃太郎も着実に変わっています。それは、頭領が桃太郎へ施した教育に似た苦言の成果でしょう。  貼り付けた歪な笑顔に、堅苦しい言葉遣いと、年相応とは決して言えないものの捉え方はそのままですが……人間味のあることを言えるようになってきたのです。 「本当に、とてもとても……優しい方々ですね」  何故、島を壊滅状態まで陥れた桃太郎に対して、島民が優しいのか……桃太郎は真実を知りません。  頭領は口を開きかけて、すぐに閉じます。真実を、桃太郎へ告げる気になれなかったからです。 「……良かったな」 「はい」  頭領は寝返りを打って、桃太郎へ背を向けました。  島民が桃太郎に優しいのは、ある意味では頭領のおかげです。頭領が発した、ある言葉によって……島民は桃太郎へ優しく接しているのですから。  ――『桃太郎は必ず、俺がこの手で殺す』と。  ――『だから刺激しないよう、同じ島民かのように接してほしい』と……頭領は言って回ったのです。 「風邪をひいてしまいますよ」  淡々としているけれど、どこか慈愛の含まれた声と共に……柔らかな布が掛けられました。 『騙しているようで、気が引けますね』  桃太郎が呟いた言葉を、頭領は脳裏で反芻します。  ――まるで責められているような気がして……頭領は瞳を閉じました。

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