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第13話

 鬼の頭領はここ最近、同じ夢を見ていました。  気付くと頭領の眼前には、血まみれの桃太郎が横たわっているのです。驚いた頭領が自身の両手を見ると、真っ赤な血で汚れていました。そんな両手で握っているのは、畑作に使う農機具です。  そこで頭領は気付きます。桃太郎を痛めつけ、血の海に沈めたのは……自分自身なのだと。  虫の息で、桃太郎は小さな体を動かします。いつも以上に輝きを失った瞳が、何かを探しているのです。  そこで、頭領と目が合います。……すると、桃太郎は口角を上げました。  上体を起こすことすらできない桃太郎は、声にならない声で呟きます。  ――『      』と。  雨の日は退屈でした。農作業に従事できないからです。  いつの間にかうたた寝をしていた頭領は、外を眺めます。まだ雨は降っていて、厚い雲の奥にうっすらと見える太陽は、正午の位置でした。  頭領は辺りを見回します。桃太郎の姿はありません。島の見回りでもしているのでしょう。  上体を起こし、頭領は体を伸ばします。そしてふと、桃太郎のことを考えました。  凶暴で、島民が全員でかかっても倒せない害悪的な存在である桃太郎は、牙と爪を失った狼のように静かです。最近の桃太郎は、黙っていれば年相応な子供でした。  いつだって、寝首を搔くことはできます。それに、そんな卑怯な手段を選ばずとも……普段の言動を振り返れば、正攻法でも倒せそうです。  きっと桃太郎は、頭領に『死んでくれ』と言われたら……身を差し出すでしょう。そのくらい、頭領へ傾倒しているように見えます。  それなのに……頭領はどうしても、手を下すことができませんでした。 「……馬鹿か、俺は……ッ」  同棲をして三ヶ月……頭領は、気付いてしまいます。  ――桃太郎に対して、情が湧いていると。  もっと早い段階で手を下していれば……もっと早い時期に『死んでくれ』と命じていれば……頭領は頭を掻きむしりました。  幼いくせに、隙も弱さも見せない桃太郎へ……庇護欲に似た感情を抱いている自分を、頭領は受け止めきれません。 「はぁ……ッ」  大きな溜め息を吐いて、頭領はぼんやりと考えます。  都での暮らしは、詳しく聞けていません。けれど、桃太郎は今のように……感情の起伏を抑え、自我を殺していないと、生きていられない状況だったのでしょう。  何度犯しても、桃太郎は頭領へ縋りません。どんなに辛いことでも、甘んじて受け入れ……笑うのです。  そんな桃太郎へ、頭領は思います。  ――もっと、自分へ甘えてくれればいいのに……と。 「何やってんだよ、俺……っ」  死人こそ出なかったですが、島民にとって桃太郎は……れっきとした、悪人です。そんな桃太郎に対して、こんなにも温かな感情を抱くのは間違いだと……そうは、分かっていました。  あぁでもないこうでもないと、一人で悶々として数刻……頭領は不意に、顔を上げます。 「――桃太郎……?」  夕餉の支度を念入りにする桃太郎はいつも、正午を過ぎた頃に帰ってくるのです。  ――しかし……桃太郎は一向に、帰ってきません。

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