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第16話

 雲間を見上げて、桃太郎は安堵していました。日の落ちる時間よりも早く雨が上がれば、伴侶である鬼の頭領が喜ぶと思ったからです。  雨上がりの畑作は大変そうだと、桃太郎は想像します。お爺さんとお婆さんがまだ生きていた頃、慌ただしくも楽しそうに働いていたことを思い出し――桃太郎は首を横に振りました。  今はもう、二人共いません。桃太郎が尽くすべき相手は、伴侶である頭領だけなのです。  鬼ヶ島へ来た時、桃太郎には何もありませんでした。  都から追い出されるように島へ着いた桃太郎は、命令遂行だけを考えて、暴虐の限りを尽くしたのです。  そこで鬼と呼ばれていた島民達は、口々に語りました。  ――『頭領の元へは絶対に行かせるな! 俺達で食い止めるぞ!』と。  人々から信頼され、そこまで愛されている頭領へ……孤独だった桃太郎は、期待感を抱きます。  ――その人なら、こんな自分も受け止めてくれるのではないか……と。  半ば無理矢理伴侶になり、同棲し、閨を共に過ごし……桃太郎は満たされる筈でした。  けれど、虚しさばかりが募ります。それもそうでしょう。  桃太郎は俯きかけていた顔を上げ、再度……歩き始めました。  ――すると、突然呼び止められます。 「お~い、桃太郎~!」  桃太郎を呼び止めたのは、結婚初日……桃太郎が物理的に黙らせた近隣の島民でした。 「こんにちは」  頭領の言い付けを守り、桃太郎は笑みを浮かべて挨拶をします。その島民は、頭領の倍は年を取っているだろうという風貌をした、小太りのおじさんでした。  おじさんは桃太郎のことを見下ろして、笑みを浮かべます。 「雨に打たれたのかい? ずぶ濡れじゃないか」 「そうですね」  おじさんの笑みは、桃太郎とは違ってにんまりとしていました。桃太郎は口角だけを上げたままですが、内心では早く会話を終わらせたくて仕方ありません。帰って、夕餉の支度をしたいからです。  しかし、おじさんは引きませんでした。 「まさか、そんな濡れた状態で頭領の家へ戻るのかい?」 「そうですね」 「それはいけねぇ! 一度、うちに上がったらいい! それで、体を拭いていきな!」  桃太郎は表情を崩しません。が……頭領の家は、おじさんの家から歩いてすぐの所にあります。必要性を感じられない申し出の、意味が分かりません。  けれど、おじさんは距離を詰めてきました。 「そのまんま帰ったら、頭領の家が濡れちまう! うちで一度体を拭いてから戻った方が、頭領だって喜ぶだろうよ!」  確かに桃太郎は雨に直撃され、傘も持たず、降られるがままに濡れています。おじさんの言う通り……この状態で家に戻ると頭領は迷惑だと思うのか、桃太郎には分かりません。  桃太郎が良かれと思ってやったことを、頭領はただの一度も喜びませんでした。だからこそ……自分の考えや思想が頭領の望むものとは違うのだと、桃太郎は薄々理解しています。  頭領を慕い、頭領も大切に思っている島民からの提案なら……間違いはないのではないか。桃太郎がそう思うのは、当然でしょう。 「素敵ですね」  そう言って、桃太郎はおじさんについていきました。

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