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第20話

 鬼の頭領が愕然とした表情を浮かべる中……桃太郎は笑みを作り直しました。それはいつもの、口角だけを上げた笑顔です。  ――なのに、どこまでも痛々しく見えました。 「何で……何で、謝るんだよ……ッ」  言われたことを律儀に守ること【しか】できないくらい不器用な子供だと、桃太郎のことを理解していなかったのは頭領です。この事態は、頭領の責任だと責められても可笑しくありません。  それなのに……自分の貞操よりも頭領からの言い付けを守った結果、酷いことをされていた……所謂被害者である桃太郎が、笑みを浮かべて謝ったではありませんか。  頭領の言葉に、桃太郎はいつもと同じ笑みを浮かべました。 「貴方に、悲しそうな顔をさせてしまっているから」  本来なら、褒めるべきなのかもしれません。けれど頭領は桃太郎を怒鳴り、責めてしまいました。いっそ、そのことを糾弾してくれたら救われたかもしれないのに……あろうことか、桃太郎は謝ったのです。 「此度の件は、私の不注意が招いた結果です。彼は、悪くありません。きっと、そうなのでしょう」  突き飛ばしたと言えど、頭領が先に言葉で責めたのは桃太郎でした。だから桃太郎は、自分に落ち度があったのだと思い込んでしまったのでしょう。そこまで推測した頭領は、力無く首を横に振ります。 「違う、違うだろ……ッ! 何で、何でお前は……そうなんだよ……ッ」 「申し訳ありません。私は何がいけなかったのか……きちんと、学びます。貴方の機嫌を損ねてしまわないよう、もっと、もっと、努力します」  腕を引かれて上体を起こした桃太郎は、畳に指を付け……深々と、頭を下げました。 「だから、どうか……怒りを鎮めて下さい」  小さな体は、震えてはおりません。声も震えず、凛としています。  ――桃太郎のことをどう思っているのか……自分のことだというのに、頭領は分かっておりません。  ――それと同じくらい……頭領には、桃太郎が分かりませんでした。  頭領は桃太郎から視線を外し、突き飛ばした家主を振り返ります。 「……オイ」 「ひ――ッ」  怯えた家主を睨み付け、頭領は静かな声で言い放ちました。 「俺が何て言ったか、忘れたわけじゃねぇよなァ……?」  『桃太郎は必ず、俺がこの手で殺す』と、頭領は島民に伝えています。それはこの家の家主にだってそうです。  そのことを言っているのだと気付いた家主は、体を大きく震わせました。 「二度とコイツに手を出すんじゃねェ」  言葉を失った家主は、何度も何度も頷きます。  それをしっかりと目に焼き付けた頭領は、もう一度桃太郎を振り返りました。依然変わらず、頭を下げたままの桃太郎を。 「顔を上げろ。そして立て」 「はい」  まるで奴隷のように、桃太郎は従順に立ち上がりました。 「帰るぞ。……話は、それからだ」  畳の上に脱ぎ捨てられた、桃太郎の濡れた着物……それを手に取り、頭領は外へ向かいます。  桃太郎は、静かについて行きました。

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