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第21話

 家の中へ、鬼の頭領は苛立った様子で入ります。 「まずは、そこに座――」  頭領は振り返り、言葉を失いました。  桃太郎が、家の中へ入ってこないからです。 「……何してんだよ。早く入ってこい」 「いえ、しかし……」  逡巡した様子の桃太郎へ、頭領は苛立ちを露わにしました。今はそんな些事に時間を取られたくないからです。  視線で催促すると、桃太郎は呟きます。 「……体をきちんと、拭いていなくて……髪も、濡れているので」 「だから何だよ」 「濡れたまま家に上がっては、貴方にとって迷惑かと」  言われている意味が分からず、頭領は眉間に皺を寄せました。 「何言ってんだよ。意味分かんねぇ」 「先程、そう言われました。……違うのですか?」 「ハァ?」  未だに掛けられた羽織へ袖を通していない桃太郎が、笑みを浮かべつつ沼の底に似た瞳で頭領を見つめます。 「……お前、まさか」  頭の回転が速い頭領は、桃太郎がどうしてあの家に居たのか……推測できてしまいました。  桃太郎はおじさんの口車に乗せられ、まんまと罠に嵌められたのです。聡い桃太郎がそんな幼稚な罠にかかるとは思えませんが、現状として組み敷かれていました。  ――それはきっと……引き合いに、頭領(自分)が出されたからです。  頭領は桃太郎のそばへ近付き、細い腕を引きました。 「迷惑じゃない。……だから、入ってくれ」  桃太郎は一瞬だけ眉を動かしましたが、特に何も言いません。  畳の上に桃太郎を座らせると、頭領は掴んでいた桃太郎の腕を、羽織の袖へ通しました。 「……お前、あのままだったらどうなってたか……分かってるよな?」 「あの島民の慰み者となっていたでしょう」  まるで他人事のような口ぶりに、頭領は更に苛立ちます。 「イヤじゃねぇのかよ。見ず知らずの男に、犯されるのは」 「要領を得ません。その問い掛けに何の意味があるのでしょうか」  笑みを浮かべたまま首を傾げ、桃太郎は淡々と答えました。 「あの時……もしも抵抗し、暴力を振るっていたら? 私は貴方との約束を破っていた。……そうですよね?」 「それは――」 「貴方との約束を破り、貴方を怒らせたくはありません。嫌悪感の有無という問題ではないのです。……ですから、その問い掛けには生産性がございません」  頭領は言葉を失います。  自分がどうなってしまうかよりも、頭領が怒るか怒らないか……それだけが、桃太郎にとっては重要なのです。  どうしてそこまで自分が思われているのか……頭領には分かりません。 「何で、そうなんだよ……ッ! そうじゃないだろ……なァッ!」  華奢な肩を掴み、頭領は桃太郎へ詰め寄りました。

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