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一発抜けばなんとかなるがケツの中がヌルヌルして落ち着かないまま店に戻ることになる。 「くそ、翔太のやつ……」 曲がりなりにも人を勃起させたのだ。 責任取って抜いてくれなんてトンチキを言うつもりはないがせめてオカズの一つや二つ寄越すのが礼儀というものではないのだろうか。 「どうしたの?痴話喧嘩?」 「なんで痴話……って、紀平さん……っ!」 ぶつくさ言いながら便所から出た時だ。 便所を出て直ぐのそこには壁、ではなく「や」と爽やかな笑顔で手を振ってくる紀平さんがいた。 まさかこんなところで会うことになるなんて。 というか。 「い、いつから、そこに」 「ん?ついさっきだよ。中谷君の『脱いで』の辺りから」 思いっきり最初じゃないか。 血の気が引いた。 となるともしかして全部……。 「薬塗ってもらってたんだって?どこ怪我してるの?」 「え、や、その……ひ、膝小僧を」 「へえ、膝小僧ねえ?」 そう覗き込んでくる紀平さんは見たことないくらい楽しそうな笑顔だ。 普段の爽やかとは違う、まるで玩具を見つけたような笑顔である。 俺はこの笑顔の恐ろしさを身を持って知っている。 「いまの、み……皆には言わないでください」 「言わないよ。そんな面白そうなこと。それにしても、中谷君も酷いことするよね。かなたんを一人残して行くんだからさ」 「まあ、一人で寂しくオナニーするかなたんも可愛かったけどね」耳打ちされるその言葉に顔に熱が集まる。 嫌な汗がどっと滲む。 そうだ、全部聞かれているということは俺がオカズフォルダから無音で動画再生して慰めていたのも聞かれてるわけだ。 「き、紀平さん……っ」 「大丈夫、言わないよ。司君のことも、中谷君のことも。……かなたんがオナニーするとき声デカくなるのも」 「ぅ、ぐ……ッ!!」 聞かれてた。全部。 恥ずかしくて紀平さんの顔を直視することもできなかった。 「あれ家でもそうなの?」 「い、言いません……」 「あはは。照れてるの?可愛いのに。俺はかなたんみたいに正直な子、好きだよ」 好き、という言葉に心臓が反応してしまう。 するりと伸びてきた紀平さんの大きな手のひらに逃げることも忘れていた。 まるで割れ物かなにかのように優しく頬を指の腹で撫でられ、収まりかけていた熱が膨れ上がる。 「もう大丈夫なの?俺がちゃんと抜いてあげようか」 ここ、と柔らかく下腹部を撫で上げられ、鼓動がどくりと跳ねた。 低く甘い声には催淫効果すらもあるのだろうか。だとしたら無敵ではないか? ドクドクと加速する鼓動に耐えきれず、俺は紀平さんの腕を掴んだ。 「だ、大丈夫……です……っ」 この前の媚薬事件とは訳が違う。 流されたら駄目だ、そうなけなしの理性で断れば紀平さんは俺の耳に触れるのだ。 そして。 「……本当に?」 軽く引っ張られ、開いた耳の穴。 鼓膜に直接注ぎ込むかのように囁きかけられる言葉にぶるりと腰が揺れた。 きっと俺が女の子だったら腰砕けになってるかもしれない。が、俺は男の子だ。 こくこくこくと何度も首を縦に振れば、紀平さんは、ふっと微笑んだ。 先程までの意地の悪い笑みではなく、いつもの休憩室で見せる笑顔だ。 「ま、それならいいけど。……店長がなんかバタバタしてたみたいだから手伝ってあげてね」 まるでなにもなかったかのようにそれだけを言い、手を振る紀平さん。 どうやら見逃してくれるようだ。 内心ほっとする反面、あまりにも引き際が良い紀平さんに出鼻挫かれたような気持ちにもなった。 「……っと、その、ありがとうございました」 失礼します、と紀平さんに頭を下げ、俺はそのまま慌てて店内へと向かった。 「そこでお礼言うんだ?……俺に?」

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