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第2話

「私は、もう少し祭の様子を見ていたかった」  表情は読み取れずとも、声色で理解できる。少年は、拗ねているのだ。まるで、子供のような仕草に鬼の棟梁は、思わず微笑んでしまう。こんな愛らしい真似をする少年が、天下の桃太郎だとは、誰も思うまい。    鬼の棟梁は、桃太郎に打ち負かされた時から、美しい少年だとは認識していた。しかし、心打たれたのは、彼が二度目にこの島に舞い降りた時である。  桃太郎は、鬼討伐が本当に正しいことであったのか。倭人に唆されて悪事の片棒を担いでしまったのではないかと己に問いかけていた。純粋ゆえに、惑い、涙していた。  酸いも甘いも噛み締めた鬼の棟梁からすれば、青臭い嘆きではあったが、忘れかけていた純粋さを思い出せた気がした。  棟梁の導きに、物事の本質を見出した桃太郎は、鬼ヶ島への滞在を求めた。 報復感情を桃太郎に向ける民がいないとも限らない。そう言った考えから、桃太郎の面倒は自分が見ることを決めた棟梁であったが、予想以上に桃太郎に惹かれてしまった。 真っすぐな心根、涼し気な外見とは裏腹に人懐こく、ころころと変わる表情に目が離せなくなっていた。 歴代の鬼ヶ島の棟梁の中には、倭人の少年に熱を上げた者もいたという。倭人の少年に何故と疑問を抱いていたあの頃が嘘のようだと棟梁は自嘲する。    自身に感謝の念を向ける桃太郎に我慢ができず、鬼の棟梁は少年をその腕に収めてしまった。これはもう関係の再構築は望めないかと、半ば諦めてからの抱擁であった。 「私は、倭人と鬼ヶ島の民が分け隔てなく暮らせる世を造りたい。だから、私はこの島の者のことを理解したいと思っている」  抱擁を受けたまま、桃太郎は平常どおりの声色で答えた。拒絶はないが、肯定もないことに棟梁は諦めを確信した。しかし、桃太郎はそこまで言い終えると、ああだの、ううだの、唸り声をあげた後、抱かれたままの身をより硬くしてから、こう告げた。 「でも、それ以上に、私は、貴方の想いが知りたいと思っていた」  自身の腕の中で、頬を染め、上目遣いで見上げてくる桃太郎の表情に、否定の色は見られなかった。熟した桃のような頬に硬く節くれだった掌が触れても、ただ黙って愛おしそうに受け入れる少年。それどころか、その柔らかな頬を押し付けてくる様に、鬼の棟梁は歓喜した。

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