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02
すると怒りで真っ赤になった耳元に、すっと薄い唇が寄せられた。
ついビクッと体を引くが、関係なく距離を詰められる。三初の無駄に整った顔が視界の端を掠め、反射的に身を固くしてしまう。
「もう入らない、いらないって言ってたのに、俺の全部ハメてあんあん言ってたの……だーれだ?」
「ン……ッ」
フゥ、と耳に息を吹きかけられながら、とびきり色っぽい声音で囁かれた。わざとだろテメェ。
俺は不覚にもゾク、と背筋を駆け上がる粟立ちと浮かび上がる青筋に、眉間に深い谷を刻んだ。
「誰のせいだと思って、んだッ、オラァッ」
「自分のせいでしょーが。指舐め間接キスとかイカレてるしベタベタドロドロで腹チラしといて無罪主張とかもう爆笑モンだろ。いい歳して一回ヤラれたくらいでワンワンワンワン、生娘じゃあるまいし……」
「ハァっ? なんだよその謂れのねぇ罪状はよぉッ。だいたいシェイク持ってきたのテメェだろーが!」
「俺が飲みたかったんですぅー先輩にぶちまけさせるためじゃないですぅー」
「端的に殺したい」
行き場のない苛立ちの腹いせにガシガシと自分の髪を掻いてくしゃくしゃにし、フンッと三初を無視してデスクに座り直す。
これだ。
これをいつも馬鹿みたいにギャーギャーやり合ってるから、仕事が残ってあんなことされるんだ。
やってらんねぇ。
そのくせこのカンペキチョウジン三初サンは、人を揶揄っても自分は素知らぬ顔でデスクワークを終える。
ふらりと出て行っては他部署の会議でぺろっと妙案を出し、部署関係なく上司を手玉にとって帰ってくる。
そんな気まぐれ自由人に構ってやるほうが時間の無駄だろう。
断固そうに決まってる。
俺がわざとらしく怒りを抑えて無視を決め込む気になったのが伝わったのか、三初は隣の自分のデスクに座り、肘をついて俺をじーっと見つめた。
「だから資料作ってあげたじゃないですか。課長褒めてましたよ」
「…………それは、まぁありが、……いやそもそもお前が邪魔しなけりゃ俺一人で作ってさっさと帰れたんだ。感謝する謂れはねぇ」
「顔怖いって。ヨガってる顔は割と良かったのに地顔がなぁ……」
「ヨガってねぇ」
「いやいやヴァージンであんあんケツ感じてたでしょ? 御割先輩って気持ちいいことに弱かったんですね。今度からそのへんのイジリ意識していきますわ。ごめんね? 気がつかなくて」
「つかそもそもイジんなッ! 俺じゃなくてもまず、気持ちいいことが嫌いな男がいるかよッ!」
正直ケツは意外と気持ちよかったが、コイツとってのが癪でたまんねぇ。
まず穴が痛え。
ヤったあとはとてつもなくとして、最中も若干痛え。二度とやるか。
昨日俺が終電ギリギリで家に帰ってから風呂場でどんだけ唸ったか……ッ!
自分の尻穴に指突っ込んで中出しされたもんを掻き出す経験をする予定は、俺の人生設計になかった。
後ろで俺の言葉を聞いた何人かの同僚がビクッ! と体を跳ねさせる。
混乱した表情で振り返りこちらを伺う民衆に、大魔王三初はニコーっと笑い、おもむろにフラフラと手を振った。
「なぁ聞いてくれよ。御割先輩こう見えてケツ貫通済みの非処女「黙れ黙らないなら殺すぞ三初ェッッ!!」アッハッハッハ!」
テメェはド健全な真っ昼間になに脈路なく下ネタ発言してンだクソか。
とんでもないことを言いふらし始めた三初に怒り心頭。
反射的にガァンッ! と三初の座るデスクチェアーを勢いで蹴り飛ばすと、蹴り飛ばされた三初は腹を抱えて笑いながら椅子ごとシャーッと通路を滑っていった。
もう戻ってくんなッ!
なにが「ねぇもっかいやってくださいよ。今度はあそこでアンケート纏めてる山本先輩んとこまで」だッ!
俺は椅子蹴りタクシーじゃねぇぞッ!
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