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「寝ぼけてねぇよアホ、殴るぞ。じゃなくて、お前機嫌悪いのなんでだよ。なんかあったのか?」
「悪くないですよ」
「じゃあ拗ねてるだろ」
「身に覚えがないですね」
「いや絶対ぇ拗ねてる!」
「ふっ、アンタが拗ねてんでしょうが」
心配をしてみたのにさっさと突き放され、ムスッと不貞腐れた。
どうにか我慢して三初の話を聞こうとしたが、本来向いてない〝人を気遣う〟って行為をしたからか、うまくいかずにいつも通り声を荒らげてしまったのだ。
三初には笑われ、大失敗。
俺はそういうことが下手くそなので言い方が悪いし、ついくだらないことを強情に言い張ってしまう。
デリカシーや優しさとはかけ離れた自分は、そうそう上等な先輩にはなってやれず、だ。心持ちへの字口になり、三初の横顔をチラチラと盗み見る。
クソ、なんだよ。
嫌なことでもあったのか? 誰かにヤカられたとか、体調が悪いだとか。
すると口元に手を当てた三初はくくっと喉奥で軽やかな含み笑いを漏らし、手を口元から外す。
そこにはいつもどおりの人を食った笑みが浮かんでいて、ポカンとする間に俺の頭をめちゃくちゃになで回した。
「あッ!?」
「はいはい。俺に構ってもらえなくて寂しかったんでちゅねー。御割先輩はドマゾの構ってちゃんでちゅねー。よーしよーし」
「ちょ、やめ、っんだよコラっ! もうテメェなんざ知らねえっ!」
「アッハッハッハ! やっぱり先輩が拗ねてんでしょうが」
「拗ねてねぇわッ!」
三初はスラリとした足を悠々と組み、キレる俺をからかって遊ぶ。その赤ちゃん言葉をやめろ。鳥肌が凄まじいわ!
打って変わって俺のほうがすこぶる不機嫌丸出しになってしまい、そっぽを向いて断固三初から顔を背け続けた。
ケッ、せっかく心配したのになんてやつだ。ただの気まぐれで大人しかっただけかよ、紛らわしい。
ツーンとへそを曲げる俺の頬を、三初は呑気に指先でツンツンつつく。んなことしても口聞かかねぇからな。
「セーンパイ、ほらお話しましょうよ」
「…………」
「ドマゾ。顔面凶器。口悪い。態度悪い。愛想悪い。無駄マッチョ。甘党。糖尿予備軍。チョロ男。変態。アホ。朝弱い。苦いの苦手。部屋着クッタクタ。料理できない。酔ったらウザイ。折りたたみ傘家に置きっぱなし。寝顔間抜け。寝言カオス。デリカシー皆無」
「ッ……ッ……」
「あらら……言われっぱなしでいいんですか? ドライヤーサボるし休みの日髭剃りサボるしベッドでお菓子食うしパンイチでうろつくしパジャマ脱ぎっぱなしでゴミはすぐ捨てないマヌケな先輩」
「ッッ……ッ……」
「……ふぅん?」
「…………」
コノヤロウ。俺が先輩ってことさほど重要視してねぇだろ。
あんまりな言い草についキレそうになるが、ここでキレたら思うツボだ。
フイ、と更に顔を逸らす。なんなら体ごとそっぽを向いた。
すると罵倒していた三初が興味深そうに息を吐き、一転。
「……拗ね顔カワイイ」
「!?」
「三白眼カワイイ。キレボカワイイ。ウザイとこカワイイ。すぐ意地になんのカワイイ。嫌がらせしたらまぶたの上ピクピクさせてんのカワイイ。キレ顔青筋浮いてんのカワイイ。不意打ちの物理攻撃打たれ弱くてビミョーに涙目なのカワイイ。基本キレるか唸るかで全然折れないとこカワイイ」
「ちょ、まっ」
「バレンタインは誰にも本命貰えないのにいちいち浮かれてんのマジウケる。去年仕事帰りに百貨店のバレンタインフェア行って自分用に散財してんのカワイイから写真撮っ」「ああああああああああああああッ!?!?」
俺は絶叫して振り返り、三初の口を塞ぐべく冷や汗を流して飛びかかった。
どう考えてもかわいくない拗ね顔、キレ顔、泣き顔その他の挙動をカワイイ呼ばわりされるなんて、悶絶案件だ。
その上毎年バレンタインをチョコ祭りと称し自分用チョコで楽しく過ごしているのがバレていたなんて、死ねる。
怒りなのか羞恥なのか自分でも定かではないまま顔を真っ赤にした俺は、今すぐ線路に飛び込みたいぐらいの心境だった。
な、なんでバレてんだよりにもよってコイツにィ……ッ!
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