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「……なんでガン見?」
「や、頭透けて見えっかなってよ」
「透けて見えませんけど先輩の頭は空っぽですよね」
あぁッ? チッ、暴言はこの際無視だ。
うつ伏せに肘をつく三初を見上げるような体勢だから見下されているようで少し気に食わないが、それもよしとする。
会社でいる時に比べると、近ごろ俺と二人の時の三初は、割と素だと思うのだ。
本人もそう言っていた気がする。
素、とか思うのは、三初がわざと周囲と距離を取ってるっていう、俺の仮定を正解とした場合だぜ?
三初の素。というか、本心。
こうして俺の中に侵食してきたのはあの日がきっかけだが、俺をからかってばかりなのは昔からだ。
その原動力がなんなのか。
もしかしたら、元々俺には自然体だったのかもしれない。
それって……もしかすると。
(……、……マジか)
三初の弱点を考えていたはずなのに、気がついたらそんなことを思っていた。
ストン、と納得がいく。
考えないようにしてたけど──ちゃんと考えれば、俺を連れ回すことも、俺を抱いたことも、理由はそのあたりにあるのだろう。
スっと手を伸ばして、腕の隙間から三初の胸に控えめに触れてみる。
「っ、……は……?」
俺から触れることなんか本当に稀だからか、三初はビクッと微かに震えて目を丸くした。
お。珍しい。
コイツの予想外の行動で意表をつけたっぽくて、なかなかいい気分じゃねえか。
今日の三初はレア行動が多いな。まぁ二人きりで普通に出かけるなんて、今までなかったし。
それでも散々弄ばれて負けっぱなしだった俺は、機嫌が良くなる。ニヤリと笑ってしまうのは仕方のないことだ。
「先輩……?」
「なんだよ、触られただけでドキドキしてんじゃねぇか。そんなに好きか?」
「──ッ……!? は、嘘、誰が、なに」
指の腹でスリスリと肌をなでつつ、仕返しも兼ねたセリフをお見舞いしてやった。
胸板が結構ある。やっぱりちくしょうめ。
三初は俺の言葉に一層理解不能な顔をして、口元を右手で隠す。その間も俺はスリスリしている。心なしか赤らむ頬。図星か?
こうして触っただけなのにここまでの反応を示すということは、やっぱりそういうことなのだろう。
鈍くてデリカシーのない俺にも、ようやくお前の考えてることがわかった。
やっぱ年下だよな。
俺は胸元を触れていた手を引っ込め、今度は少し乱雑に三初の髪をわしゃわしゃとなでる。
「っ、あのね」
「いいんだぜ。つか、いいだろ。テメェがあからさまに他人を気にせず好き勝手に振る舞うのは、元々性悪ってのもあるけど、多少理由があるんだろうよ」
「や、触んないでくれませんかね……まず脳みそ整理するんで、先輩に指摘されるとは思わなかったし……」
「あ? 考えることねぇじゃねぇか? 俺は気にしてねぇし、つか俺も気づいたの今だし、そもそも先輩だからな。お前のそういうのも、受け止めてやるよ」
「……。そういう問題じゃないでしょ」
「そういう問題なんだ、よっ」
「っは……ちょっと、っ……」
「お前はなんでもできても、なんでもしなくてもいい。無傷なフリして笑うな」
「!」
「よーしよし。いい子だ、いい子」
「……。まぁ……こういうとこは、昔から……あー……なる、ほど……なるほどね……はー……」
いちいち文句を言わないと気が済まない根っから天邪鬼な三初を、いい子いい子と強めにワシワシなでてやる。
なでられる三初は人の話をちゃんと聞いているのかわからない様子で、ブツブツと考え込んでいた。
その顔は複雑そうで渋いものながら、いつものいけ好かないニヤけた面よりずっとイケメンに見える。
四つ年下の後輩。
四つって結構デカいよな。
「な。普段はやいやい言っちまうけど……普通に俺は俺のことを自分でするし、お前になに一つ期待とかしねェし。仕事も感情も」
ポン、と髪をひとなでして手を引く。
こうやって俺の行動に嫌味を言わず大人しくしてると、かわいげがあるな。
凶悪な笑みしか浮かべられない俺だが、そう考えると自然と微笑みが漏れた。
「お前の嫌いな仕事と人間関係な。俺は最低限以上なにも求めてねぇ。好きなようにしてればいい。ムカついたら容赦なく殴るし怒鳴るけど、三初 要以外になれとは思ってねーよ。だから、わかるだろ」
「……ん。それはとっくに知ってますよ。あんたがそうだって」
モゴモゴと手の中で捏ねる言葉はよく聞こえなかったが、三初はなにかに納得したように息を吐き、俺と視線を合わせる。
どうだ? ちょっとは先輩らしく、察して気遣うってのができてると思う。
なにを気にしていたのか、周囲を警戒して生きるのは大変だ。正直、誰が好きでも関係ないだろ。
後回しにしていた疑問を改まって掘り返すには、今しかない。……わざわざ口にするのは恥ずかしいけどな。
「──好きになってもいいんだぜ?」
俺は小さなことは気にしない、豪胆な男だからな。
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