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いつもとは逆に、俺のほうが愉快げに口角を上げる構図。そっと影を落とした三初の手が俺の前髪を指先でつまみ、擦り合わせて離れていく。
「突然なにを言い出すかと思えば……いいんですか? 俺、この感情……認めちゃいますよ?」
ジッ、と目を合わせる三初は、もう数分前と変わらない飄々とした面立ちに変わっていた。なんだよ、ちょっと照れてたくせに。
挑戦的な言葉をかけられ、俺はコクリと頷き返す。
好きになってもいいだろ。そういう感情の矛先は森羅万象が自由だ。他がごちゃごちゃ言うことじゃない。
「いいぜ。だってお前──欲求不満の隠れゲイなんだろ?」
「はい?」
慈愛に満ちた俺の返答を受けた三初は、抑揚のない声を上げて無表情で小首を傾げた。
え? なんでその顔になんだよ。
だってお前、男が好きだから俺を相手にしてんだろ? ゲイバレ回避と男を好きになるのが怖いから他人と距離取ってんだろ?
そして性癖を隠す意味と性的な意味の両方で欲求不満を募らせているから、普段はあれだけタガの外れた自由極まりない暴君モードだったわけだ。
それに欲求不満でゲイでもなきゃ、俺みたいな男を勃起したからとはいえいきなり犯さねぇだろうが。
百八十五センチ七十キロちょいの自分よりデカくてゴツイ先輩だぞ? ……いや、三初ならヤるかもしんねぇけどよ。
まぁまぁそれはいい。
初回は素面でヤってたとしても、俺を脅してオモチャにして継続的に抱こうって理由は、常に欲求不満だからでしかねぇ。
だってほら、ゲイとかビアンとかってのは、周りが受け入れても結構本人が気にするやつ多いんだろ? 知らんけど。
俺や俺のダチは気にしねぇから、なんで俺だけ粘着されて挙句に抱かれてんだ? っつー当然の疑問を後回しにしちまってたぜ。
セクシャリティの問題で抑圧されてるなら、それを知ってる先輩が一人いるほうが楽なもんだ。
なので、結論は〝三初は世間を気にして素を出せず先輩に手を出すくらいには欲求不満だった隠れゲイ〟である。
「ってことだろ?」
「…………」
「安心しろ、偏見ねぇし興味もねぇ。適当に先輩を頼れ。性欲が抑えられねぇってのはマズイだろうが……不能になるよりマシだマシ」
誰彼構わない男好きな上にTPO関係なくムラムラしたら勃起するなんて、大変だろうしな。同情するぜ。
少々痛ましい視線を向けつつなるべく優しくそう言ったが、三初は無表情な上にドンドン目が暗黒色になっていく。
「? 照明が暗いか」
元気づけてやろうと、カチ、とベッドヘッドの照明を調整してやった。
「ほれ、ネオンピンクだぜ」
あぁん? まだ深淵だな。むしろ余計に目に光がない気がする。黙っているのが怖いくらいだ。
照れくさいながら頼ってくれと言ったのに、なにが気に食っていないのか。少し心配になり、内心でオロオロとする。
「三初、お前なんか言えよ」
「なに言えってんですか。俺にだけ種撒かれて、悔しいけどキモカワな感情に最もらしい名前つけられたのに? 結局ミラクルクソ発言とか、ブチ犯したいなって」
「!? な、なんで怒ってんだよ」
「俺のドキドキをなんだと思ったんですか」
「不整脈か? 養生しろよ」
「ブチ犯す」
「もう犯したあとだろうが!?」
心配したのもつかの間、三初は俺の名推理を〝ブタでももっとまともな推理をしますよ〟と一蹴した。
心配して損した気分だ。めちゃくちゃ元気じゃねぇかチクショウ。めちゃくちゃ元気に俺イジメ再開じゃねぇか。
「く、クソ、なんなんだよこの暴君め……!」
──やっぱりコイツの考えていることは一生かかっても理解できねぇ……!
俺はなにを間違えたのかわからないまま、無表情で迫ってくる三初からモゾモゾと逃げたのだった。
そんな普通、より少しだけ素直じゃなくて鈍感な先輩と、普通、より少しだけ天邪鬼で性悪な後輩だけど。
──まぁ、俺たちは概ね 普通の、先輩後輩である。
第三話 了
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