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37(side三初)

「……あー……めんどくせぇな」  ポーンとエレベーターがやってきて、それに乗り込む。誰もいなかったものだから、疲労たっぷりの呟きをツイートするのだ。 『お前はなんでもできても、なんでもしなくてもいい。無傷なフリして笑うな』 「……いちいち、無自覚に見抜くよね」  これはラブホで言われたこと。  突拍子はないけど、あれは当たっていた。実はだけどさ。  先輩は……俺に期待しないんだよ。  前科があるからね。  だから、アンタがそうだと知ってるって言ったわけ。結構昔の話だ。  たまーに、先輩は先輩らしい。  俺を後輩として扱う。守るべきもの、教育すべきもの、そういうの。  仕事を覚えて先輩より早く正確にこなしても、それは変わらない。  自分よりできる後輩が目障りにならないものかね。相変わらず怒るし、相変わらず後輩扱い。  だからいつの間にか思ったんだよ。  先輩に、俺は期待されたいってさ。  頼られたいし構われたい。後輩だけど、後輩の枠から出たい。  その枠の外がなにかは最近気づいたけど、三年間は取り敢えずずっと、先輩が俺を見るように絡んでいた。  やー……初のベタドロトッピングに腹チラと間接キス見てスイッチ入った時点で、お気に入りの方向性に気づけばよかったなぁ。  過去を思い、感慨に耽ける。  気づいてもちょっかい出してただろうけど。ねじれた言葉以外、なんでか口から出ない。持病かね。  好きな子ほどいじめるなんて、我ながら小さい。でもね、ムカつくことに俺は先輩が、……好きだからさ。 「あー……期待、されてぇなー……俺を求めてくんないかなー……」  ポーン、と再び音が鳴り、目的の階に到着して廊下に出る。  他人の心配をして世話を焼きたくなるなんて億劫な気分だが、足が止まる気配はない。素直なもんだ。  そりゃね、全然めんどくせぇよ。  物理的にめんどくせぇってのもあるけど、あの人自体めんどくさい。  普通はあんな状況でそばにいる人に、なにか期待するもんだ。  むしろ体調が悪くなれば心配してほしそうにする輩は溢れてる。弱った人間の本能だろう。安心したい。  看病とかだけじゃなく要するに心の話。  俺は無条件の期待という押しつけをしてくるやつらは、嫌いだ。  失敗したら殺しにかかってくんだよ? できるんだからやれって、損だよな。できたら目の敵にされて、できなければ嘲笑う。  心の話なら、俺が話すと冷たいだとか人でなしだとか言われる。  俺を好きな相手全員抱けってか。全員愛してる? くだらねー。それ全ての相手に好かれたいなんて思考してるやつしかしねーことだろ。刺々しい俺は本来このくらいクソガキで、このくらい他人に冷たい。 「…………」  でも気がつけば、俺は先輩を他人ではなく、個人として認識していた。  俺に興味がないわけではなく、認識した上でちっとも期待しない先輩が気になって。  そうするといろいろ、好きなところが出てきてね。残念ながら。  しないところがきっかけなのに今はされたいって、アホらしいだろ。  俺のせいで残業しても俺にやれとは言わない。そして俺を切り捨てることもせず、逐一怒るくせに、無関心にはならない。  真っ向勝負なんだよな。  代わりに仕事しても喜ばないって、意味わかんね。飯作ったほうが嬉しそう。安い男だ。  それが全部素面で、あの人は感情が隠せない。ヤバい。ツボに入った。気になる。欲しい。つまり、恋だ。  あぁもう。いい加減、ちょっとぐらい靡いてもいいだろ。  考えれば考えるほど、モヤモヤ、悶々と、不愉快な心模様にさせられた。  足音を殺して部屋に入ってから、キッチンに荷物を置き、先輩の様子を見に行く。  どうせまた一人で呻き、顔を見せればムスッと仏頂面で追い出すのだ。出されてやるわけないけど。  そう思い、気配を殺してドアに近づく。 「三初、ゴホッ、三初ぇ」 「…………呼んでんじゃん…………」  でもまさか──靡く気配がないように思った相手が、子どもみたいに俺の名前を呼んで丸くなっているなんて思わなかったから、さ。  御割先輩は馬鹿だけど、そういえば強がりだけは天下一品だったって。  気がついたら、薄く開いた扉の前で相当にやけてた。  やっぱりこの人は、最高に愉快である。

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