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49(side三初)

 夕刻に寝かしつけてから時は経ち、夜も更ける頃。  結局先輩は一度も目を覚まさなかったので、俺は仕方なくソレを壁際に転がし、一つきりのベッドに潜り込んだ。  全然? 意味はない。  放置して帰るわけいかないし。  本音は帰るのがめんどくさいってことだ。建前という名のつく本音である。湯たんぽ代わりにしてあげよう。  転がして潜り込んだものだから壁際にぶつかり「ンン……」と唸ってコロリと戻ってきた先輩を腕枕する形になってしまった。まぁ不可抗力。 「ぅぁ……や、め……」 「なに……うなされてんの?」  さて眠ろうと目を閉じたものの、ふるりと震える先輩のうめき声にまぶたを開く。  夢の中まで風邪っぴきなのかねぇ。  多少下がったとはいえ未だに熱い頭を抱いて、背中をトン、トン、と叩いてみた。完全に子ども扱いだが、弱体化した子犬には効果があるらしい。穏やかな寝息をたて始める。  あー、でもこれ普段よりマシかな。  実は御割先輩って、寝言カオスなわけよ。自覚ないけど。  この間はなんだったかね……確か『炭酸抜き炭酸飲料とタコ抜きたこ焼きについて』とか語ってたような気がする。ククク、どこまでもオツムが哀れなクオリティだわ。  俺が「やなの?」と聞くと、フルフルと首を振って「やじゃねぇ……うまい……うま……」って言ってたなぁ。  愉快な人でしょ。  だから寝言が具体的で意味不明なこと、本人には言ってない。おもしろいから。  今日も今日とて熱に浮かされながらもボソボソとなにか言っている先輩を、俺は愉快な気分で抱きしめる。  夕飯前に様子を見に来た時は、いきなり顔を舐められた。  は、どんな夢見てんの。人の顔とか舐めてもマズイだろ。  鼻をつまんで仕返しをしたのだがそれはそれは苦しそうに呻いたので、満足して離してあげたのだ。 「で、今日はなんの夢ですか」 「アイツは……いい、……いい人……」 「へぇ」 「二人、楽しい……嬉しい……」 「二人?」 「ん……ふた、ふたり、イイ……ろまん、す……」 「ロマンス、ってどんな夢だよ」  けれど、なんだかその寝言の雲行きが怪しくなってきた。  本人曰く、いい人らしいアイツとやらと二人でいて、楽しくて嬉しい。  んで、ロマンスしてるらしい。わけわかんね。誰の夢見てんの?  ンー……こういう気分、めんどくさいね。起こそうかな。倫理的にマズイか。道徳の授業受け直せとかうるさいからなぁ、どっかの誰かさん。  所詮夢なのでどうってことはないが、ロマンスやらアイツやらでどことなくモヤったまま、先輩の寝言に聞き耳をたてる。  背中を叩く手を止めた。 「むにゃ……やつに惚れた……だ、恋人になら……俺は……が、好きだ」 「………………叩き起そうかねぇ」  つい低めの声が出て、俺は先輩がこれ以上鬱陶しいことを言わないように、抱えた頭を自分の胸に押し当てる。  やべー。  ちょっと前に〝努力します〟とか言ったのに、もういじめたくなってきた。  もう逆にすごいでしょ、この人。寝てるだけで俺をこんなに揺さぶってくんの。どうしようぶちのめしてーってはいはいダメね。あー……うん。わかってますよ。  普段より温かくて少し湿った体を抱いて、俺は深くため息を吐く。  先輩が夢に見るほど好きな人、ね。  誰だろう。先輩は俺の好きな人を気にしていたが適当に誤魔化したのを棚に上げ、どうやって自然に吐かせようか考える。  恋人になりたいって、恋とか愛とかてんでわからないような顔してまあ、いっちょまえになに言ってんだか。  誰だか知らねーけどバチクソムカつくわ。てかとりあえず絶対ロクな人間じゃないんで。だってアホの先輩チョイスでしょ。 「はーあ……御割先輩、大大大好きぃ」  寝ている先輩にだけ言える冗談交じりのセリフを言って、俺は腕の中の温度を閉じ込めるように力を込める。  本当にアンタ、罪な人だね。  これでアンタが夢に出たら俺に厄介な呪いをかけた罪で終身刑にしてやるのに、きっとアンタは夢の中ですら、俺の思いどおりにはならねぇんでしょうよ。  それでも惚れた腫れたと言えるわけもなく。  めんどくさくて意地っ張りな鬱陶しい先輩にこんなに翻弄されるとは、片腹痛い世の中である。

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