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09
「……っは、ぅ……」
流石に異常だと思い、火照った体を身じろがせた。
確か、前は風邪ではないと思っていて、案の定風邪を引いていたのだ。
それで迷惑をかけた。もし今もそうなら今度はちゃんと早めに休まないと、また迷惑をかけてしまう。
そわそわと落ち着かず、声を出さないように唇を引き結んでじょじょに口数を減らし大人しくなり始めた俺に、三初は我関せずと前を向いたままだ。
今回は気づいていないらしい。
言いたくないプライドとまたそのツケを支払う可能性をしばらく考えた時、車が信号待ちに差し掛かる。
「……。……オイ、三初……」
「うん?」
ぐたりと窓にもたれかかったまま、ついに俺は三初にモゾつく声をかけた。
「悪い。なんか、熱出た。……かもしんねぇ。微塵もしんどさは感じねぇけど汗かいてきたし、ちょっと頭も回らねぇ感じすっから、一応今日は帰るわ」
「あぁ、それ今回は大丈夫なやつですよ」
「は? なんでだよ……?」
予想外の返しに首を傾げる。
この冬場で急に暑さを感じるなんておかしいのに、大丈夫と断言されたからだ。
出発してから半時も経たずに体温が上がり未だに冷める気がしない。
確かに俺は筋肉質で平熱高めだが、体感温度が短時間で変わるのは変だと思う。
そう訴えると、前はあぁもチクチクと責めてきた三初は特に心配した様子もなく、ドアポケットから取り出したゴミを「ん」と俺に差し出した。
は……な、なんだよ。
そりゃまぁ別に体温上がってるだけでちっともしんどさはねぇけど、せっかく俺はお前に迷惑をかけたアレを反省してプライドへし折りつつ自主申告したんだぜ?
素っ気なく対応すんのはいいとしても、ゴミ押しつけるこたねぇだろうが。
別に心配してほしいわけじゃない。
考えただけで面映 ゆくなる。
でも素っ気なくされると拍子抜けして悵然としてしまう。前に心配されたのが嬉しかったから、余計にだ。
渡されたゴミを手に取って面白くない気分を押し潰す俺は、やり場のない返答の矛先を探して、そのゴミ──注射器型ローションの包装へ目を落とした。
ビニールのそれには、さっき使われたローションのタイトルと商品概要の文字が並んでいる。
特に興味はないが文字が目に入ると無意識に視線が滑り、何の気なしに書かれた文字列を読んでしまう。
〝シリンジ型DXローション(ア〇ル用)
~お肌に優しい無添加ローションと抜群の媚薬成分のコラボで至福の快感をあなたに~〟
「…………殺す」
そして俺は意味を理解すると同時に、グシャッ! と渾身の力で握り潰した。
こ──この大魔王が……ッ!
一度マジの風邪エンドを味わわせておいての今更真打登場かよッ! 普通に一服盛られたサドエンドじゃねェかクソ野郎ッ!
体の熱の原因を理解し、低く唸るように殺意を口にしてワナワナと震える。
俺の侘しさを返しやがれ。そして死ね。
今すぐ死ぬか、この呪われた下半身をなんとかしろ。その後死ね。
「もうお前、ほんと死んでくれ。マジで死んでくれ。悪いことは言わねぇから世のため人のため俺のため、早急に悪の根を絶やしてくれこの極悪霊が」
「ほらね、無駄吠えできる程度には問題なく元気じゃないですか。はい健康体」
「クソもう聞けよ俺の話を一回ぐらいンでデコ触んな召されろテメェェェ……ッ!」
ペトリと不用意に俺の額に手を当てて熱を測り、改めて高熱はないと判断した三初。
その手を払い除ける前に青くなった信号によってスーッと再び車が走り出し、俺はまたビクリと身を固めるしかなくなる。
「ふっ、……ンの、三初ェ、もう、帰るッ」
「んーまぁでも、お腹減ってるでしょ? そろそろ着きますよ? 今さら帰って冷凍飯食うより先輩お気に入りの海鮮お好み焼き食ったほうがハッピーだと思うなぁ」
「き、汚ぇ……!」
媚薬ローションが浸透する前に逃げ帰ろうとがなれば、ニンマリとヤニ下がる楽しげな猫が餌をチラつかせて誘惑した。
中都に教えてもらってからお気に入りであるお好み焼き屋の海鮮玉。
あれがめちゃくちゃウメェと騒いで三初を強引に付き合わせたのはつい最近のことである。
セックスなしでも、たまに飯に行く。俺をからかわなければ、三初は意外と話しやすい。会話が楽しい相手なのだ。
当然楽しく食べる海鮮玉ブームは未だに去っていないため、絶賛疲労と空腹のコンボを食らっている俺はゴクリと喉を鳴らし、忌々しく泣き言を漏らすしかない。
「俺の奢りで?」
「…………」
そんな俺へそのセリフはトドメだ。
キュルル、と訴えを起こすすきっ腹に従い、本能を優先して、ホイホイとついて行くことが決まった瞬間であった。
のちにこれを死ぬほど後悔する羽目になるのだが……後の祭り、である。
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